編集後記EDITORIAL POSTSCRIPT
第8号特集担当:伊藤孝・中谷礼仁・松田法子・藤原辰史【特集担当】
Takashi Ito+Norihito Nakatani+Noriko Matsuda【HBH editors】
本特集の編集も終盤をむかえたころ、何の気なしに過去に放送されたNHKスペシャルを眺めていた。『人類誕生』第2集「最強ライバルとの出会い そして別れ」である。この番組では、最後のネアンデルタールがユーラシア大陸の端も端、ジブラルタルに住んでいたという説を紹介していた。ザ・ロック(the Rock)と呼ばれるジュラ紀石灰岩の巨大な岩山の付け根、地中海の荒波で広げられた洞窟で暮らしていた証拠がある。
「なんてこった」という声が思わず漏れた。22年前のある日、私は一人ザ・ロックの上を一歩一歩踏みしめていた。「ネアンデルタール終焉の地ジブラルタル」説が発表される前なのでしかたがないのだが、そのとき、石灰岩体に暮らす最後のネアンデルタールの胸の内に思いを馳せるどころか、ネアンデルタールのネの字すら考えもしなかったのだ。無念。
さて、最後のネアンデルタールがこの世を去ってから数万年、2026年1月に発表された「世界終末時計」は、サピエンス滅亡まで残り「85秒」であった。2年連続の過去最短。世情に疎い私でも世の中がきな臭くなっていることはわかる。しかし、何もできない。そんな思いを抱きつつも、ともかく今の自分がやるべきこと───サピエンスと石灰岩のかかわり合いの歴史と現状を学ぶための入り口づくり───に集中することにした。この入り口からの景色が、どなたかの心に残照をとどめること を祈るのみである。
(本特集担当:伊藤孝)
土がその柔軟さゆえに建築の「母」であるとするならば、強固な石は、さしずめ建築の頑固な「父」である───。かつてそのように論じたことがある(些かジェンダー的な比喩ではあるが、ご容赦願いたい)。
しかし、石灰岩は別だ。それはカルシウムを主成分とし、われわれの骨格の組成に近い。以前訪れたイランのペルセポリスは、見事なまでにオール石灰岩の世界であった(過酷な歳月を経て、石灰岩の部分だけが峻烈に遺ったのである)。 朝貢(ちょうこう)の間に刻まれた、鹿の臀部に牙を剥く獅子の彫刻。そこに夕陽が差し込むと、柔和な曲線から生じたその影は、官能さえ漂わせていた。西日に照らされた石灰岩が、瞬く間に人肌のような温もりを帯びていく。その熱を掌で受け止めながら確信した。古代文明が石灰岩を彫刻に用いたのは、単に加工のしやすさゆえではない。古代の職人たちは、石灰岩こそがわれわれに最も近しい「大地の素材」であることを、本能的に見抜いていたのだ。 エジプト、ギリシャ、そして古代ローマ。人文的な彫刻が各地で百花繚乱したのは、まさに石灰岩の存在が先行していたからにhokahならない。
今回の特集を通じ、日本が極めて純度の高い、比類なき美しさを湛えた石灰岩を有していることを知った。プレート境界に位置するこの列島において、それは寄せ返す大洋からの波がその動態を保ったまま凍結したかのような、しずかな躍動感を持っている。 その意味で捉えるならば、わたしたちは地球という巨大な骨格のなかに産み落とされた、微細な骨格の一部なのだ。その連なりは、等しく美しい。願わくば、現代という時間が、いつかまた豊かな「未来の地層」として結晶することを。
(本特集担当:中谷礼仁)
ヨーロッパのホテルなどに滞在していると、壁に小さいアンモナイトがぽつぽつと顔を見せていることがあって、ああ君はずいぶん長い時間そこにいたんだね、という感慨にとらわれる。
石灰岩の魅力は、石なのに生きものの命につながっているところだと個人的には思っていて、そしてまた、今回見学した武甲山や、地下に石灰岩の採石場が広がるパリのまち、ヨーロッパのワイン生産地のようなところの石灰岩地層の厚みと広がりを考えると、石灰質の殻をもつ生きものたちの途方もない命の堆積の質量と時間に、吹き飛ばされそうになる。
近代以降、石灰岩はコンクリートの材料のひとつとして大々的に採掘されるようになった。Webzineの第3号「鉄の惑星・地球」特集の時にも感じたことなのだが、生環境構築史で「構築様式3」と呼んでいる近現代の建材には、過去の生命とその膨大な時間が大規模に絡み付いている。
さて、次のフィールドワーク先としては、まだ成長中の石灰岩大地にも行ってみたい。ついこの間まで生きていた珊瑚礁が、そこで人が暮らす地面を全面的に提供している島々に。
(本特集担当:松田法子)
「コンクリートから人へ」というスローガンがかつて民主党政権によって掲げられ、それなりの支持を得ていた。味気ないハコモノに税金を投入し、公共事業で地域を活性化するのではなく、ニンゲンの教育と福祉に投資するという、それ自体とても正しい議論に欠けていた世界観があるとすれば、コンクリートもまた、殻という小さな建物を身にまとって移動する生きものの、気が遠くなるほどの生死の繰り返しの産物である、という事実にもあらわれる、非ニンゲンの営みへの敬意なのかもしれない。コンクリートがまたかなりの割合で再利用されているという事実も含めて、知らないことばかりだった。今回の編集には私の怠慢で深く関わることができなかったが、途方もない時間がうみだした蓄積に目をこらす生環境構築史プロジェクトにふさわしいテーマだったとあらためて思う。
(本特集担当:藤原辰史)
「なんてこった」という声が思わず漏れた。22年前のある日、私は一人ザ・ロックの上を一歩一歩踏みしめていた。「ネアンデルタール終焉の地ジブラルタル」説が発表される前なのでしかたがないのだが、そのとき、石灰岩体に暮らす最後のネアンデルタールの胸の内に思いを馳せるどころか、ネアンデルタールのネの字すら考えもしなかったのだ。無念。
さて、最後のネアンデルタールがこの世を去ってから数万年、2026年1月に発表された「世界終末時計」は、サピエンス滅亡まで残り「85秒」であった。2年連続の過去最短。世情に疎い私でも世の中がきな臭くなっていることはわかる。しかし、何もできない。そんな思いを抱きつつも、ともかく今の自分がやるべきこと───サピエンスと石灰岩のかかわり合いの歴史と現状を学ぶための入り口づくり───に集中することにした。この入り口からの景色が、どなたかの心に残照をとどめること を祈るのみである。
(本特集担当:伊藤孝)
土がその柔軟さゆえに建築の「母」であるとするならば、強固な石は、さしずめ建築の頑固な「父」である───。かつてそのように論じたことがある(些かジェンダー的な比喩ではあるが、ご容赦願いたい)。
しかし、石灰岩は別だ。それはカルシウムを主成分とし、われわれの骨格の組成に近い。以前訪れたイランのペルセポリスは、見事なまでにオール石灰岩の世界であった(過酷な歳月を経て、石灰岩の部分だけが峻烈に遺ったのである)。 朝貢(ちょうこう)の間に刻まれた、鹿の臀部に牙を剥く獅子の彫刻。そこに夕陽が差し込むと、柔和な曲線から生じたその影は、官能さえ漂わせていた。西日に照らされた石灰岩が、瞬く間に人肌のような温もりを帯びていく。その熱を掌で受け止めながら確信した。古代文明が石灰岩を彫刻に用いたのは、単に加工のしやすさゆえではない。古代の職人たちは、石灰岩こそがわれわれに最も近しい「大地の素材」であることを、本能的に見抜いていたのだ。 エジプト、ギリシャ、そして古代ローマ。人文的な彫刻が各地で百花繚乱したのは、まさに石灰岩の存在が先行していたからにhokahならない。
今回の特集を通じ、日本が極めて純度の高い、比類なき美しさを湛えた石灰岩を有していることを知った。プレート境界に位置するこの列島において、それは寄せ返す大洋からの波がその動態を保ったまま凍結したかのような、しずかな躍動感を持っている。 その意味で捉えるならば、わたしたちは地球という巨大な骨格のなかに産み落とされた、微細な骨格の一部なのだ。その連なりは、等しく美しい。願わくば、現代という時間が、いつかまた豊かな「未来の地層」として結晶することを。
(本特集担当:中谷礼仁)
ヨーロッパのホテルなどに滞在していると、壁に小さいアンモナイトがぽつぽつと顔を見せていることがあって、ああ君はずいぶん長い時間そこにいたんだね、という感慨にとらわれる。
石灰岩の魅力は、石なのに生きものの命につながっているところだと個人的には思っていて、そしてまた、今回見学した武甲山や、地下に石灰岩の採石場が広がるパリのまち、ヨーロッパのワイン生産地のようなところの石灰岩地層の厚みと広がりを考えると、石灰質の殻をもつ生きものたちの途方もない命の堆積の質量と時間に、吹き飛ばされそうになる。
近代以降、石灰岩はコンクリートの材料のひとつとして大々的に採掘されるようになった。Webzineの第3号「鉄の惑星・地球」特集の時にも感じたことなのだが、生環境構築史で「構築様式3」と呼んでいる近現代の建材には、過去の生命とその膨大な時間が大規模に絡み付いている。
さて、次のフィールドワーク先としては、まだ成長中の石灰岩大地にも行ってみたい。ついこの間まで生きていた珊瑚礁が、そこで人が暮らす地面を全面的に提供している島々に。
(本特集担当:松田法子)
「コンクリートから人へ」というスローガンがかつて民主党政権によって掲げられ、それなりの支持を得ていた。味気ないハコモノに税金を投入し、公共事業で地域を活性化するのではなく、ニンゲンの教育と福祉に投資するという、それ自体とても正しい議論に欠けていた世界観があるとすれば、コンクリートもまた、殻という小さな建物を身にまとって移動する生きものの、気が遠くなるほどの生死の繰り返しの産物である、という事実にもあらわれる、非ニンゲンの営みへの敬意なのかもしれない。コンクリートがまたかなりの割合で再利用されているという事実も含めて、知らないことばかりだった。今回の編集には私の怠慢で深く関わることができなかったが、途方もない時間がうみだした蓄積に目をこらす生環境構築史プロジェクトにふさわしいテーマだったとあらためて思う。
(本特集担当:藤原辰史)
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/石灰岩与地球记录:石灰岩地质学
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松田法子/Noriko Matsuda
協賛/SUPPORT サントリー文化財団(2020年度)、一般財団法人窓研究所 WINDOW RESEARCH INSTITUTE(2019〜2021年度)、公益財団法人ユニオン造形財団(2022年度〜)
石灰石鉱業協会(第9号)


