生環境構築史

第6号特集:
戦時下の生環境──クリティカルな生存の場所

Wartime Habitat: A Critical Place of Survival

战时生环境──临界性的生存场所



本特集では、軍事行為によって「攻撃されるもの」について考えたいと思う。有史以来、攻撃されるものは、第一に兵士であり、第二に非戦闘員であり、第三にその人々が生きるために関係を取り結ぶ(あるいは関係を迫られる)環境であった。このウェブマガジンではこのような環境を「生環境」と呼んでいる。

よく言われるように、戦争は巨大な環境破壊である。核兵器にせよ、空爆にせよ、戦車にせよ、毒ガスにせよ、電磁波攻撃にせよ、サイバー攻撃にせよ、あらゆる兵器は人間だけをその生環境から切り取って抹消することができない。それができるのはコンピュータゲームの世界だけである。化学兵器は戦後も土壌と人体を汚染し続ける。電磁波攻撃もまた人間のインフラストラクチャーを担うI C回路を破壊し、最終的には生環境の破壊のなかで人間も破壊されていくことを導く兵器である。広島、長崎への原爆投下のみならず、世界各地で米ソをはじめ大国が繰り返した核実験は、人間だけを破壊したのではない。あらゆる生命体が生きていくうえで必要な空気、水、川、山、湖、土壌、植物、動物を破壊し、汚染しつづけたのである。

それは逆にいえば、戦争が、それ自身の本質として生環境と分かちがたく結びついていることを意味する。数多くの新兵器が登場した2つの世界大戦も、山、川、海、穴、坂、崖、島といった地球の基本的な構築物を利用し攻撃せずに戦うことは不可能であった。「生環境構築史」の基本図式に即していえば、石を投げる、穴を掘って防御する(構築様式1)、要塞を構築する、鉛と鉄で構成される銃砲で敵を倒す(構築様式2)、ロケット技術で都市を破壊する、人工衛星の位置情報測位システムを用いて敵の位置を把握し攻撃する(構築様式3)というさまざまな方法の混合体が、現在のウクライナでの戦争でさえ用いられている。とりわけ構築様式3は、冷戦期の米ソの軍事技術競争のなかで戦争の生環境を一挙に広げた。ナチス・ドイツで秘密ロケット兵器(V-Waffe)を開発したヴェルナー・フォン・ブラウンが罪を問われることなくアメリカにわたってNASAの月面着陸計画を主導した事例が示しているように、宇宙開発技術と軍事ロケット開発技術が強く結びついていることはいうまでもないだろう。

本特集で試みたいのは、こうした軍事技術が今後どのように展開していくかを提示することではない。戦争という過酷な状況下でも、人の生はある。どんなに軍事技術が洗練されようとも攻撃されるのは生きている人間である。これまでの歴史をたどり、あくまで攻撃の対象となったものに視点を置くことで、戦時の自然と人間の関係の取り結び方を提示することにすぎない。しかし、じつのところ、戦争を自然の問題から考え直すことからしか、今後の戦争の行方を知ることはできないと考える。

(第6号特集担当:藤原辰史・青井哲人+唐澤靖彦=ゲスト・エディタ)


[2023.6.10 UPDATE]

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