生環境構築史

第9号  特集:
No Lime, No Life──石灰岩のない人生なんて No Lime, No Life — Living with Limestone 没有生命,就没有生活:没有石灰石的生命

石灰岩のないワインなんて……

坂本雄一【ワイン地質学研究家/有限会社 坂本酒店】

No Limestone, No WineYuichi Sakamoto【Wine Geology Researcher/ Liquor Shop Sakamoto】

没有石灰石,就没有葡萄酒……

Limestone occupies a special place in the imagination of wine lovers. From Champagne and Chablis to Burgundy and Saint-Émilion, many of the world’s most celebrated wines are grown on calcareous soils. Yet the phrase “limestone wine” is often used as a convenient shortcut, as if geology alone could directly explain acidity, minerality, and elegance. This essay takes a more personal and exploratory approach, asking what limestone really does—and what it does not—contribute to wine character.

Drawing on the author’s background as a trained geologist who returned to work in a family wine shop, the paper weaves together field observation, tasting experience, and insights from soil science and plant physiology. A central case study is Chablis, visited in 2011 through extensive walks across Grand Cru and Premier Cru slopes and tastings with local producers. What emerged most clearly was not a simple “limestone effect,” but the decisive role of slope orientation, sunlight exposure, soil depth, and erosion history. In some vineyards, generous sunlight produced ripe fruit expression that softened or even overshadowed the sharp acidity usually associated with calcareous soils.

Special attention is given to the Portlandian limestone cap rock that shapes Chablis slopes. By controlling erosion, soil thickness, and water availability, this geological layer indirectly influences vine stress, berry size, and ultimately wine texture. Recent research helps explain how high-pH limestone soils restrict potassium uptake, preserving acidity, while shallow, gravel-rich soils promote water stress responses that concentrate phenolic compounds. Equally important is human intervention: canopy management, stone removal, and centuries of labor embodied in vineyard walls all modulate these natural conditions.

Rather than presenting limestone as a single causal factor, this essay argues for a layered understanding of terroir—as a chain linking geology, soil, vine behavior, human decisions, and sensory perception. In the end, limestone matters not as a myth, but as part of a living landscape where nature and people quietly shape the taste in the glass.


[2026.2.28 UPDATE]

はじめに

この世界には2種類のワインがある。石灰岩のワインと非石灰岩のワインだ。もちろん私の好きなワインは石灰岩のワインだ。   ワイン業界ほど石灰岩に恋い焦がれている業界はない。たしかに鉱業やセメント業界には敵わないが、私たちの扱うワインリストには石灰岩という言葉があふれている。ナポレオンに「勝利の時は飲む価値があり、敗北の時は飲む必要がある」と言わしめた高級スパークリングワイン“シャンパーニュ”は、白亜紀のチョークの上に畑があるし、東京の寿司屋に最も多くオンリストされているといわれる辛口白ワインの代名詞“シャブリ”は、ジュラ紀後期キンメリッジアンの上に畑がある。世界のワインラヴァーが愛してやまないブルゴーニュのワインなどは、ジュラ紀中期から後期の石灰岩の上に畑があるし、ブルゴーニュと双璧をなす高級ワイン産地、ボルドー右岸のサン=テミリオンの高級赤ワインが造られるメルローの畑は漸新世のヒトデ石灰岩の上に畑がある。これはフランスの銘醸地の話だが、イタリア、ドイツ、オーストリア、スイス、スペイン、ルーマニア等々、ワイン産地と石灰岩の幸せな組み合わせについては枚挙にいとまがない。   誤解を恐れずに極論を言えば、石灰岩のワインとは酸とミネラルだ。なるべく分かりやすい言葉にまとめると、淡く硬く酸っぱい。はたしてそれが美味しいワインと言えるだろうか。そもそもそんなワインに高い金を払うのだろうか?……、払うのだ。私もこの業界に入ってすぐの時は信じられなかった。南のワイン産地で生産される、安くて美味しい果実味あふれるフルーティーなワインよりも、なぜこんな酸っぱくて高いワインを買っていくお客さんがいるのだろうか? 理解ができなかった。しかしワインを飲み続け、舌がワインに慣れてくると、酸が控えめなワインに物足りなさを感じてくるのだ。もちろん個人差はあろう。嗜好品だもの。こちらサイドのワインが理解できなかったら素人とか、そんなことを主張するワイン好きは、気の毒だが大変煙たがられる。十人十色。人は美味しいと思ったワインを楽しんだらよいのだ。しかしワインに傾倒する人の多くがこの酸とミネラルという沼にはまる。それはもうどっぷりとはまる。きっとその沼の色は、石灰質分を多く含んだ白い沼に違いない。   ワイン業界にはテロワールという言葉がある。アメリカの石油地質学者で、引退後フランスワインに傾倒し、フランスのワイン産地を地質学者の目線で取材したジェームス・E・ウィルソン著『TERROIR』という本によると、「テロワールとは、葡萄畑の物理的な環境を意味し、葡萄樹、下層土、位置、排水、そして微気候を含んでいる。数値で測ることのできる生態系以外にも、生産者の喜び、悲嘆、誇り、汗、過去の葛藤など、精神的な側面も含まれるだろう」とある。すなわちテロワールとは、ワインという物語の背景にある天・地・人という多くの要素をひとつにまとめた言葉だ。適切な日本語訳が無いということで、そのままテロワールという言葉が使われている。私は大学で地質学を学んだ者として、そんなテロワールの要素の中でも、特に地質・地形・土壌がワインの個性とどう関係しているのかが、気になって仕方がない。   初めて地質の知識がワイン業界で役に立つと感じたのは、前職の海洋地質調査会社を退職し、実家の酒屋に帰ってすぐの2006年春のことである。ドイツワイン陳列コンクールというコンペで最優秀賞を獲得し、その副賞としてドイツワイン産地の研修旅行に行った時のことだ。デュッセルドルフのメッセ(大規模な見本市)において、フランケン地方の複数の生産者がトリアス(ドイツ語で三畳紀)という団体をつくり共同出展していたのだ。ドイツでは昔から辛口ワイン産地として知られるフランケン地方は、西から東にかけて三畳紀前期の赤色砂岩、中期の貝殻石灰岩、後期のコイパー(石膏をはじめとする蒸発岩を含む堆積岩)が分布する。葡萄品種はシルヴァーナーやリースリングといった白葡萄で、味わいは、赤色砂岩だと重厚で力強く、貝殻石灰岩だと硬質で暗く、コイパーだと華やかで塩味があるなど、明らかな個性の違いが感じられた。そういった試飲を畑から持ってきた石を見ながら行うのだ。これは非常に面白いと感じた。科学的根拠はよく分からないが、地質の違いがワインの個性に影響を与えると、少なくとも彼らは信じているようだった。この経験が心に残り、その後の生産者と畑の訪問時に、畑に転がる石を拾っていると、日本では当時、唯一の月刊ワイン雑誌だった『ヴィノテーク』誌(※残念ながらコロナ禍により廃刊となった)の編集長に声をかけられた。曰く、面白い子ねと。ワイン業界にコネクションのなかった私はそれ以降、この吉田節子編集長に機会をいただいて、先に紹介したジェームズ・E・ウィルソン著『TERROIR』★1の日本語訳★2に携わったり、田崎真也ソムリエ(『ヴィノテーク』誌の発行人でもあった)のワインサロンで、「ワインの地質学」という講座を担当させていただいたり、海外のワイン産地の取材を、地質学の人間目線で探るレポートを寄稿させてもらう(2009年から2019年までに11回寄稿。ワイン産地訪問回数は19回、11カ国、約200ワイナリーを訪問)など、代えがたい貴重な経験をたくさん積ませていただいた。本稿で紹介する石灰岩とワインの話は、その経験のなかでもとっておきの、2011年にシャブリを訪ねた経験をもとにしている。

シャブリとの出会い

フランス北部ブルゴーニュ地方の北端に位置するシャブリは、世界的に著名な白ワイン産地として知られ、その味わいはしばしば「シャープな酸」「石灰質由来のミネラル感」といった語で表現されてきた。しかし、これら官能的特徴はしばしば単純に“石灰質土壌の影響”として語られることが多く、地質学的背景・土壌物性・葡萄樹の生理応答・果実の化学組成・房の光環境といった多様な要因の複合効果として整理されることは少なかった。   筆者は2011年にシャブリを訪れ、5日間で全てのグラン・クリュおよび主要プルミエ・クリュの斜面を踏査し、13軒の生産者を訪問して試飲を重ねた★3[figs. 1, 2]。その経験において最も強く印象に残った点は、「陽当たり(斜面方位と露光条件)」が果実味の強さを大きく支配し、土壌由来の酸やミネラル感を凌駕することすらあるという事実であった。また、斜面上部に存在するポートランディアン(チトニアン)の石灰岩が形成する“キャップロック”の有無が、斜面角度と表土の厚さに明瞭な違いを生み、その結果としてワインの質感(テクスチャー:液体ではあるが、触覚として硬い/柔らかいと感じる)が変化する点も極めて顕著であった。  



fig.1──フランス、シャブリの生産者、ジャン・マルク・ブロカールの地下セラーの様子(著者撮影、以下同)。地層がむき出し、かつ柱状図も併せて示されており、葡萄畑の地下の様子を知るために最適な情報を与えてくれる

以下すべて筆者撮影

 



fig.2──フランス、シャブリの生産者、ジャン・マルク・ブロカールの地下セラーの様子。畑から出土したアンモナイトも展示されている

  一方、近年の植物生理学★4・土壌化学・ワイン醸造学の研究は、石灰質土壌の高pH(すなわちアルカリ性土壌)環境が葡萄樹によるカリウム(K)吸収を抑制し、果汁のpHを低く維持すること、また浅い礫質土壌は水分保持に乏しく、根域制限や乾燥ストレスを通じてアブシジン酸(ABA)を介した樹勢抑制および小粒化を引き起こすことを示している。さらに、葉群の疎密や房の露光条件は果皮ポリフェノールの量だけでなく構造を変化させ、最終的に赤白双方のワインのテクスチャーへ影響することが報告されている★5。   これらの知見を総合すると、シャブリの味わいを特徴づける要素は、単に「石灰岩か否か」「キンメリッジアンかポートランディアンか」といった地質分類を超え、地質→土壌→樹勢→果実組成→官能という多段階の連鎖として理解する必要があることが見えてくる。

シャブリの地質学的背景

シャブリの地質は主に、ジュラ紀後期のキンメリッジアン(Kimmeridgian)とその上位のポートランディアン(Portlandian:チトニアン相当)により構成される[fig.3]。キンメリッジアンは豊富な海生生物の化石(小指の先ほどの小さなカキの化石(Exogyra Virgula、エクソギラ・ヴィルギュラ:イタボガキ科の絶滅種、ジュラ紀~白亜紀)等)を含むマール(石灰質粘土)と、石灰岩が互層状になっている[fig.4]。粘土分が比較的多いため保水性に優れ、活性石灰(Active CaCO)の存在と相まって土壌pHを高く保つ。一方、ポートランディアンは、より純度の高い緻密な白色石灰岩で構成され、粘土分が少ないため乾燥しやすく、角礫が表層を薄く覆う[fig.5]。  



fig.3──シャブリの模式断面図と地質の概要。キンメリッジアン中期・後期の地層はマールと石灰岩の互層で、しばしばレンズ状や層状の小さなカキの貝殻(エクソギラ・ヴィルギュラ)が密集・固結して出来た化石礁が見られる。その前後の地層は石灰岩で、粘土質分に乏しい。キャップロックであるポートランディアンは風化して礫状になり、キンメリッジアン上部の表層を覆う。これは、ポートランディアンが丘の頂部に在るか無いかによって異なる特徴となる

 



fig.4──フランス、シャブリの露頭。中生代ジュラ紀後期のキンメリッジアンのマール(石灰質粘土)と石灰岩が互層状に堆積している。現地の生産者がミルフィーユのようだと表現しているのが、いかにもフランスらしかった

 



fig.5──フランス、プティ・シャブリの葡萄畑。中生代ジュラ紀後期のチトニアン(現地ではポートランディアン)の石灰岩礫が畑の表面を薄く覆っている。ドリルで石灰岩の母岩に穴をあけて樹を植えることも、あるらしい

  従来、シャブリの味わいを「石灰岩(フランスではcalcaire:カルケール)はミネラル感を、マール(フランスではmarnes:マルヌ)は重厚感を与える」と対比して語ることがあるが、これは土壌水分動態・粘土量・保水性・カリウム保持力の違いが果汁pHおよび果実の成熟具合に影響することを踏まえると理解しやすい。すなわち、粘土量が多く水分の多いキンメリッジアンは果実にやや丸みのある果実味を保持しやすく、粘土量の少ないポートランディアンは土壌が乾きやすく小粒化が進み、よりシャープで直線的な酸が現れやすい。   シャブリの斜面形態を決定する最も重要な地質要因として、キンメリッジアンの上位のポートランディアンの存在が挙げられる。ポートランディアンは非常に硬質なので、浸食に抵抗するため“キャップロック”として斜面上部に残存することが多い。キャップロックの存在は、斜面上部の急傾斜化を促し、雨水浸食による細土の流亡を加速させ、結果として表土が薄くなる。このような急傾斜で礫の多い土壌[fig.6]は水分保持能力に乏しく、降雨後の乾燥速度が速い。乾燥しやすい畑は暖まりやすいため、積算温度が上がることから葡萄が完熟しやすく、アルコール度数の高い果実味豊かなワインになりやすいが、それ以外にも葡萄樹根に対し根域制限と乾燥ストレスという生理的負荷を与え、後述するアブシジン酸(ABA)増加・粒径抑制・フェノール濃縮などにつながる。したがって、キャップロックの有無は単なる斜面形態だけでなく、後の果実化学・官能評価にまで影響を及ぼす重要要素となる。



fig.6──フランス、シャブリで最も偉大な畑、グラン・クリュ レ・クロの斜面上部の土壌。キンメリッジアンの石灰岩に加えポートランディアンの石灰岩の礫も多く含む。礫の多い畑は水捌けがよく、南西向きの斜面は夕陽が長くあたるため積算温度が高い。葡萄はとてもよく完熟し、ボリュームのある豊かなワインが生まれる

斜面方位と光環境

シャブリの斜面は複雑な方向性を持つが、特に南向き(南西〜南〜南東)は年間の光合成量が最大となり、果実の糖度・蒸散・代謝活性に顕著な影響を与える。筆者の現地観察においても、南向き斜面では果実味(フルーティーさ)が極めて強く、時に土壌由来の酸・ミネラル感を覆い隠すほどであった。   一方、日当たりが悪くなる北東向き斜面では、日射量の制限により成熟が緩やかとなり、果実味よりも酸の保持や硬質なテクスチャーが強調される傾向にあった。この“方位効果”は、露光量がポリフェノール生合成やフェノール組成(特に白品種におけるカテキン量)に影響するという生理学的知見とも一致する。

土壌の物性の影響

シャブリの畑の土壌の深さは、地質構造と浸食作用により区画ごとに大きく変化する。キャップロックを持つ急斜面では表土厚が薄くなることが多く、これに対し緩傾斜部ではマール由来の粘土質が保持され、表土は厚くなる。土壌の深さはそのまま保水性の違いに直結し、薄い土壌ほど乾燥ストレスが発生しやすい。これが後述する根域制限・ABA応答と密接に関係する。表土が厚い区画では、根が地下深くまで伸び、樹勢は相対的に強くなる。光合成活性は活発で、果房が葉に囲まれて“緩やかな遮光環境”に置かれやすい。結果として、果実のフェノール濃度は低めで、果汁量が多く、果実味が強調されやすい。   礫の多い土壌は排水性が高く、降雨後に急速に乾く。これにより根は常に物理的障害と乾燥ストレスに晒され、根の伸長は抑制される。植物生理学の研究では、機械的抵抗と水ポテンシャル低下の双方が、根における成長ホルモン、アブシジン酸(ABA)生産を促すことが知られている。ABAは葉へシグナルを送り、気孔閉鎖を引き起こし、光合成速度を低下させるため、旺盛な樹勢は抑制される。実際に葉が生い茂った時期にシャブリを訪ねたわけではないので、現地で確認したわけではないが、シャブリをはじめとする多くのワイン産地の生産者に直接ヒアリングした結果、礫が多い斜面や、表土の薄い、母岩がすぐに表れる畑では、樹勢が弱く、葉群密度が疎となり、小粒化した果房がより露出する傾向が観察されるということだ。この状況は、果実の表皮におけるフェノール合成を刺激するため、ワインのテクスチャーに影響する。

石灰質土壌の化学性

石灰質土壌の高pH環境では、土壌中のカリウム(K)の利用効率は低下する★4。特に活性石灰(カルシウム)が高い土壌で顕著である。カリウムは果汁の酒石酸と結合し、中和・沈殿を促す役割を持つため、カリウムが少ない果汁では酒石酸が保持されやすく、果汁pHが低く維持される。これが、シャブリの白ワインに特有の「鋭い酸」「線の細いミネラル感」をもたらす主要な化学的メカニズムである。

葡萄樹の植物生理的な応答

アブシジン酸(ABA)は植物の乾燥応答における主要ホルモンであり、根で生成され葉にシグナル伝達することで気孔閉鎖を誘導し、蒸散を抑制する。葡萄樹においては、根域制限や乾燥ストレスが生じるとABAが増加し、新梢成長や果粒肥大が抑えられる。これにより果粒は小さくなり、皮と果汁の比率が上昇する。粒径が小さくなると、果皮に含まれるフェノール(白ではカテキン、赤ではプロアントシアニジン)およびアロマ前駆体が、果汁に対して相対的に高濃度となる。赤ワインではタンニン密度が上昇し(渋いワインが造りやすくなる)、色濃度も増す。白ワインの場合でも、カテキンやプロシアニジンはワインの苦味・渋味・テクスチャーに寄与するため、いわゆる硬質な触感が生まれやすい。

樹勢と光環境の相互作用

礫質や表土の薄い土壌では、前述した影響により樹勢が弱く葉群が疎であるため、果房がより多くの光を受ける可能性が高くなる(もちろん、仕立て方の選択など、人の栽培の方針による影響が大きいが)。露光量は果皮のポリフェノール生合成に直接影響し、特に開花後〜ヴェレゾン前の初期露光は、プロアントシアニジンの構造そのものを変化させることが報告されている★5。したがって、礫質や表土の浅い土壌に由来する樹勢低下と露光の増加は、フェノール量とフェノール“質”の双方を変化させる要因となる。

光環境とフェノール組成

光、特に紫外線は植物の“防御応答”を誘導し、フラボノール、カテキン、プロアントシアニジンなどのフェノール合成を促進する。露光の強い区画では、果皮の光防御メカニズムとしてフェノール類が増加し、その結果としてワインの色、渋味・苦味・テクスチャーに影響を与える。近年の研究では、露光が「タンニン量」だけでなく「タンニンの構造」(エピガロカテキン含量、ガロイル化率、重合度など)を変えることが示されている。これは官能における“粗さ”“鋭さ”“丸さ”の違い、すなわちテクスチャーに直結する。特に白品種では、露光によるカテキン増加がテクスチャーを硬質化させる方向に働く。   一方、土壌が深く樹勢が強い、葉群が密な区画では、果房は相対的に遮光され、フェノール量は低下しやすい。加えて、遮光環境では果実温度の上昇が抑制されるため、フェノール分解も抑えられる。このような光環境は、官能として“果実味中心の丸みのあるワイン”につながる。   この光環境こそ、栽培時における人間の関与の最たるもので、生産者の個性を発揮するための大切な要素である。今回、さも自然環境が重要であるように論じているが、人間の関与によってそういった環境は変えられることを忘れてはいけない。また表土中の礫についても、人は植樹時において、若樹の周りの礫を取り除くなど、多大な労力を捧げている。しばしば葡萄畑の周りに立派な石垣を見ることがあるが、それはその途方もない労働の結果である。テロワールという言葉に、人間の関与が謳われるのは、それがワインの味わいに強い影響を与えているからである。私はこのことを、山梨県のKisvinワイナリーの葡萄栽培家、荻原 康弘氏から教わった。自然は偉大であるが、人もまた偉大である。

具体的な試飲の例

このレポートをまとめるにあたり、このプロジェクトに関わるメンバーで意見交換会を実施し、その席で実際にワインを試飲しながら食事との相性を探る席をご用意いただいた。その際に使用したワインは下記の2本である。   生産者:ジルベール・ピク・エ・セ・フィス(Girbert Picq et ses Fils) 1895年からワイン造りをするジルベール ピク家は、シャブリの町の南東に位置するシシェ村(シャブリを構成する村のひとつ)で、シャブリとシャブリ プルミエ・クリュの畑を合わせて約10ha所有している[fig.7]。長男ディディエ(‘58年生まれ[fig.8])、弟パスカル(‘62年生まれ)でワイン造りを行う全くの家族経営の生産者だ。オーク樽ではなくステンレスタンク仕込みのシャブリを生産。すなわち、北のワイン産地らしい酸やミネラルをしっかり感じるスタイルの支持者である。樽によるお化粧が無い分、その土地の個性がストレートに反映される。ちなみに、シャブリという名前が付いている時点で、葡萄品種は必ずシャルドネである。畑のテロワールや市場価値は、シャブリ、シャブリ プルミエ・クリュ(1級)、シャブリ グラン・クリュ(特級)の順番に高くなる。



fig.7──フランス、シャブリの生産者、ジルベール・ピク・エ・セ・フィスのセラーに貼られたシャブリ地区の地質図と、彼らの所有する葡萄畑の位置

 



fig.8──試飲に用いたジルベール・ピク・エ・セ・フィスの生産者ディディエ・ピク氏

  試飲に用いたワイン[fig.9] ①2022 シャブリ ドゥシュ ラ キャリエール(Chablis Dessus La Carriere) ②2022 シャブリ アン ヴォデコルス(Chablis En Vaudécorse)



fig.9──試飲したシャブリ。右が①。左が②

  ①は、『採石場の上に』と名付けられた、特別な土壌の畑と古い葡萄樹から造られるシャブリだ。35年樹齢で西向きのスモンと呼ばれる畑と、32年樹齢のパラディと呼ばれる真南向きの畑の葡萄をブレンドして造られる。これらは放棄された採石場の上にある。土壌は硬い石灰岩の上に薄く広がる礫質土壌。こういった畑では、しばしばドリルによって穴をあけて、そこに葡萄が植えられる。非常に硬く引き締まった、緻密なミネラルと強い酸を感じるシャブリだ。プルミエ・クリュやグラン・クリュのシャブリと勘違いさせないようにするため、シャブリの名称には畑の名前は入れられない。そのため、ブランドネームとして採石場という銘が打ってある。意見交換会では、日中、秩父にある武甲鉱業㈱様の石灰岩の採石場の見学をさせて頂いたため、緻密な石灰岩の硬い質感と、このシャブリの硬質な味わいに何かしらの共通するものを感じ、大変興味深かった。料理との相性としては、酢の物や漬物、刺身など新鮮な魚介系との相性がとても良かった。   ②は、プルミエ・クリュ ヴォークパンという、ピクのフラッグシップのシャブリの畑に隣接する畑から造られる。ヴォデコルスは古い土地台帳にも記載が確認できる由緒ある地名であるため、シャブリではあるが例外的にラベルに記載されている。マールと石灰岩の互層が起源の、石灰岩の礫を含む粘土質の土壌。小さな牡蠣やアンモナイトの化石が見つかる、南向きの陽当たりの良い斜面である。「土壌の専門家に見てもらったところ表面から80cm下は岩盤だった。」との生産者の証言から、①の畑に比べると、根が延びる根域が厚いことが分かる。樹齢は約30~40年と①とほぼ同じ条件。果実の熟した甘みがほのかに感じられるが、きりっとしたシャブリらしい酸も顕著に感じられる。個人的な感想として、シャブリというより、格上のプルミエ・クリュの味わいに近い。価格とのバランスを考えると非常に価値のあるワインである。   ちなみに希望小売価格は両者とも5,800円(税抜)である。実際に2つのグラスに同じ条件で注ぎ比較試飲したが、テイスティングした全員が、その個性の違いを確認できた。料理との相性としては、刺身よりも寿司、生の魚よりも火入れをした魚、揚げたもの等との相性の良さが感じられた。あくまでも相対的な違いではあったが、背景にあるテロワールの中でも、地質の違いによる個性の違いを、おそらくは皆さん、感じとっていただけたのではないかと思う。

最後に

今回は、石灰岩のワイン産地の中でも、石灰岩の質の違いがワインの味わいに影響を与える可能性を論じた。その中だけでもコレだけのことを語ることができる。ましてやここに、玄武岩や花崗岩、非石灰質の砂質土壌や粘土質土壌、スレート、レス土壌などが加われば、話のスケールはもっと大きく広がるだろう。同じ葡萄品種でも畑の土壌/地質が異なれば味わいが異なる。そんな比較試飲は、探すと結構見つけることができる。私はそれを、ジオワインセットとして店で提案することがある。ジオを感じることができるワインの飲み比べ。ニッチにもほどがあるが、ワインを突き詰めようと試みると必ず出合う分野でもある。しかしながらそういった分野に詳しい人材は少ない。私は地質学を学んで、実家の酒屋に戻った稀有な経歴を持つが、それゆえに両分野の面白さを知っている。ブラタモリよろしく、世間では地質学に興味を持つ人が増えている。大人になってから学ぶ地質学。教材はワイン。私の名刺の肩書はワイン地質学研究家であるが、結構需要があるのではないかと感じている。興味のある方は、ぜひコンタクトしていただきたい。「ワイン業界に地質を。地質業界にワインを。」私の一生のテーマである。   注 ★1──James E. Wilson, Terroir: The Role of Geology, Climate and Culture in the Making of French Wines, University of California Press, 1998. ★2──ジェームズ・E・ウィルソン『テロワール TERROIR──大地の歴史に刻まれたフランスワイン』(坂本雄一監訳、ヴィノテーク出版、2010) ★3──坂本雄一「シャブリ丘陵のワインの地質学」(『ヴィノテーク』2011年8月号、5〜31頁) ★4──L・テイツ+E・ザイガー編『植物生理学』(西谷和彦+島崎研一郎監訳、培風館、2004) ★5──小山和哉「国産赤ワイン用ブドウ及びワインのプロアントシアニジン組成とそのコントロール」(『日本醸造協会誌』2019 年114巻11号、673〜680頁)   さかもと・ゆういち ワイン地質学研究家、理学修士(東海大学大学院海洋学研究科)、ジオリブ研究所(テロワール部門)主任研究員、有限会社坂本酒店代表取締役社長。海洋調査会社勤務を経て実家の酒屋を継承。2005年ドイツワイン陳列コンクール最優秀賞。『TERROIR』邦訳に携わり、ヴィノテーク誌の海外取材や田崎真也ワインサロンの講師業に従事した経験(2009~2019年)を持つ。酒小売業のかたわら、地形・地質・土壌からワイン産地を読み解く「ワイン地質学」を発信。最近では長野県の塩尻ワイン大学の講師、ソムリエ協会の機関誌への寄稿(2023年9月、194号)、中川原まゆみ『イタリアワイン産地ガイド』(ガイアブックス、2022)への地図提供なども行った。
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協賛/SUPPORT サントリー文化財団(2020年度)、一般財団法人窓研究所 WINDOW RESEARCH INSTITUTE(2019〜2021年度)、公益財団法人ユニオン造形財団(2022年度〜)
石灰石鉱業協会(第9号)