生環境構築史

第9号  特集:
No Lime, No Life──石灰岩のない人生なんて No Lime, No Life — Living with Limestone 没有生命,就没有生活:没有石灰石的生命

石灰石鉱山見学と石灰土壌産ワインとの出会い

伊藤孝+小阪淳+日埜直彦+松田法子【HBH同人】

A Report on a Limestone Mine Tour and an Encounter with Wines Produced in LimestoneTakashi Ito, Jun Kosaka, Naohiko Hino and Noriko Matsuda【HBH editor】

参观石灰岩矿,探索用石灰岩土壤酿造的葡萄酒

In preparation for the ninth issue of the HBH webzine special feature, “No Lime, No Life,” contributors, editors, and members of the HBH circle gathered for a tour of a limestone mining site and an exchange of opinions. This gathering provided a valuable opportunity not only to reaffirm the editorial intent of the feature but also to observe the actual landscape and operations of the mining site. Furthermore, it allowed participants to re-examine limestone through the lens of their respective fields of expertise and to share their current insights and observations.

The venue was Buko Mining Co., Ltd., located in Yokoze Town, Chichibu District, Saitama Prefecture. By witnessing the reality of mining at this active site, where limestone blocks are extracted as resources, and by listening to the firsthand accounts of on-site managers, the participants were able to share a tangible sense of the limestone industry.

Furthermore, the scope of inquiry expanded from limestone as a geological and mineral resource to its relationship with human culture. A “Wine Geology”seminar was also held, featuring a talk by an expert on wines produced from grapes grown in calcareous soils—a beverage with which humanity has had a relationship spanning thousands of years. Following the talk, participants verified the flavors firsthand, in an endeavor to experientially understand the connection between the earth and the palate. This report provides an overview of this series of activities—the mining site tour, the opinion exchange, and the Wine Geology seminar—and introduces selected comments from the participants.


[2026.2.28 UPDATE]

はじめに

生環境構築史(HBH)9号特集「No Lime, No Life──石灰岩のない人生なんて」は、われわれの身の回りにさまざまなかたち・程度で存在する石灰岩および石灰岩を起源とするものについて多くの視点から掘り下げてみる、さらにはそこで得られた知見を統合し、ウェブサイト版「石灰岩博物館」と表現とする、ということを目的としている。   自身の専門分野から石灰岩を眺め、考え、整理し直してひとつのかたちとして表現する、という行為は孤独な作業となってしまうのはいかんともしがたい。しかし、同じような課題に取り組んでいる人々がいるということを確認し、それぞれが現時点でどんなことを考えているか披瀝し合うことは、ひとつの特集号を制作するにあたりプラスの効果をもたらすであろう。この見学会と情報交換会はそのような意図のもと企画・実施された。ここではまず大本の大本、石灰岩(鉱石名でいえば石灰石)の採掘現場を皆で訪れてみることにした。そこで得られた石灰岩が加工され、さまざまなところ・用途で使われることになる。   そして、われわれが最近5,000年ほど付き合いのあるワイン、とくに石灰土壌で育ったブドウでつくられたものについてワイン地質学的な観点から学び、実際に味わってみた。以下、その概要、および参加者の声の一部をご紹介したい。

武甲鉱業(株)武甲鉱業所見学の概要

石灰岩は学術的な岩石名であるが、その石灰岩を鉱業的に資源として取り扱う場合は鉱石名として「石灰石」と呼称されることになる。石灰石鉱業協会のウェブサイトに基づくと、日本列島において、現在、200以上の石灰石鉱山が稼業している。そのうち、今回は埼玉県秩父郡横瀬町の武甲鉱業(株)が稼業中の石灰石採掘現場を見学する機会をいただいた。実施日は、2025年10月24日(金)である。   まず、武甲鉱業(株)武甲鉱業所集合。そこで同社上川容市・石原裕士の両氏から、日本における石灰石生産の現状、石灰石の採掘・積み込み・運搬の形態、また武甲鉱業の石灰石採掘切羽・選鉱プラントの概要について詳細な説明をいただいた[fig.1]。参加者からの質問も多く出て、大変有意義なレクチャーとなった。



fig.1──武甲鉱業(株)武甲鉱業所におけるレクチャーの様子

  つぎに実際に同社事務所(海抜280m)から社の車に乗り込み、採掘の現場へと向かった。まず鉱山専用道路[fig.2]を通り、現在の切羽(標高840〜880m)より上位の武甲山の標高1,000mレベルへと移動。その展望台からは横瀬町・秩父市へと眺望が開け、同時に眼下に現在の切羽の全容を見下ろすことができる[figs.3, 4]。整然とむきだしになった石灰石の露頭、採鉱された石灰石を新立坑口へと運ぶ大型のダンプトラックなど、採鉱の概要を実感することができた。



fig.2──武甲鉱山坑内を通る鉱山専用道路



fig.3──武甲山の標高1,000mレベル展望台から眺めた横瀬と秩父



fig.4──武甲山の標高1,000mレベル展望台から眺めた現在の切羽の様子

  その後、標高1,300mの山頂付近まで移動し、さらに俯瞰したのち、切羽へと向かう。そこでは、先ほどまで遠望していたもろもろを間近から眺めることができた[fig.5]。発破により粉砕された石灰石を大型のダンプトラックに積み込み、それを新立坑に投入するという作業が重厚感を帯びつつも淡々と行われているように見えた。また、これまで山頂部から徐々に高度を落としながら水平に採掘してきた結果を、階段上の地形として見上げることもできた[fig.6]。切羽での作業行程の概要を把握し、非日常の景観のなか集合写真も撮影[figs.7, 8]。



fig.5──切羽での作業の様子

撮影=日埜直彦



fig.6──切羽から眺めた武甲山山頂部

撮影=小阪淳



fig.7──切羽で武甲鉱業(株)代表取締社長の上川容市氏よりお話を伺う



fig.8──切羽で集合写真

  つぎに向かったのは、武甲山の地下に設けられた一次破砕室である。ここで新立坑を通して運ばれた石灰石が15cm以下のサイズに破砕される。当然、大きな破砕音が響き渡る。鼓膜を保護するため耳栓をつけるため、声による意思の疎通がはかれない。ここではまた、破砕された鉱石がコンベアに乗って運ばれていく様子までを見ることができる[fig.9]。



fig.9──一次破砕室でベルトコンベアに載った石灰石が運ばれる様子を眺める小阪(左)と日埜(右)

  最後に武甲鉱業所における製品の最終形である選鉱された石灰石が積み重なった小山を見た[fig.10]。これらが用途ごとにさまざまなところへと納品されていく。



fig.10──夕闇が迫るなか選鉱された石灰石が積み重なった小山を眺める

石灰土壌ワインを学ぶ・味わう

日もとっぷりと暮れ、情報交換会の会場へと向かう。講師をご担当いただいた坂本雄一氏(坂本酒店)はわざわざこの日のために、飛驒高山から車を飛ばしてお越しいただいた。社用のワゴンには、石灰土壌で育ったブドウからつくられたワイン、飛驒高山の日本酒、さらには試飲用の大量のグラス、プレゼン用のプロジェクターとスクリーンまでご準備いただいた。   坂本氏が突き詰めるワイン地質学については、本特集の氏による「石灰岩のないワインなんて……」に示されたとおりである。この夜は、フランスのジュラ系石灰岩の分布、石灰土壌のブドウの様子、ワインの味わいのコツを伝授いただきながら飲み比べするという極めて贅沢な時間となった[figs.11, 12]。



fig.11──情報交換会の一コマ。(有)坂本酒店の坂本雄一氏によるワイン地質学のレクチャー。フランスの石灰岩地域におけるテロワール(Terroir:「生育環境」「産地特性」)を考える



fig.12──情報交換会で試飲した石灰土壌産ワイン。左のシャブリは「採石場の上に(Dessus La Carriere)」という名をもつ

撮影=松田法子

  そこで感じた感覚を文字で表現するのは極めて困難であることはいうまでもなく、坂本氏の論考をかたわらに、ぜひご自身の舌で味わっていただきたい。ただ、私(伊藤)のようなワイン初心者は味を記憶することは難しく、やはり複数のワインを同時に開け、交互に飲み比べるしかないようだ、ということはわかった。

参加者の声

最後に、寄せられた参加者の声を紹介して閉じようと思う。なお、松田法子による報告(「セメント製造のごみ利用──石灰石鉱山見学会を終えて」)はここに挙げるには詳細・長文となったので、論考のひとつとして別に紹介することとした。

美術家がみた石灰石鉱山:小阪淳

武甲山を遠くから望むと、採掘により形作られた斜面が空へ向かって鋭利に立ち上がり、山全体がひとつの巨大な彫刻に変じたように見える。その姿に「痛ましい」と顔を曇らせる人もいるだろう。悠久の時間が積み重なった石灰岩の山を、人の手で変形したという事実──その暴力性に胸がざわつくのは、むしろ自然な感情だ。けれど同時に、この斜面には、どうしようもなく強い“人間の営為”が刻まれている。山の形を変えるという行為の途方もないスケールと、その背後に連なる生活の重みが、ゆっくりと意識の底へ降りていく。   この風景の奥に潜む魅力を読み解くために、別の景観を手がかりにしてみたい。「工場マニア」と呼ばれる人々がいる。夜の工場を追いかけ、鉄骨の梁の影を愛し、パイプが生み出す迷宮のような構造に心を奪われる者たちだ。無機質で巨大な工場群は、一見すれば環境負荷の象徴のように映る。だが実際にその前に立てば、印象は一転する。鉄と配管が重力を裏切るように組まれた光景は、まるで都市の奥底で脈打つ心臓──人が編みあげた巨大な生き物を覗くような感覚すら与える。足し算で築かれた構造物と、引き算で露わになる山肌。その方法は違えど、両者の根に流れているのは“人の手が生む形の美”である。   そしてもうひとつ、美学が息づく場所として「廃墟」を思い起こすべきだろう。肝試しやホラーの舞台にされることの多い存在だが、廃墟に惹かれる感覚は本来、恐怖とはまったく異なる。廃墟を前に足を止める人が見つめているのは、朽ちた壁の傷ではなく、その裏側に折り重なった時間の層、人工物が自然に抱き返されてゆく静かな過程だ。武甲山の採掘場に漂う美しさもまた、この“自然と人為が絡み合う瞬間の輝き”という点で、廃墟に宿る美学と深く響き合っている。   武甲山は、人の手と自然の営みが溶け合う稀有な地形だ。採掘された岩肌の幾何学的な段差は、自然の造形にはありえないリズムをつくり、巨大な抽象彫刻のように聳え立つ。その姿は同時に、人類が大地を形づくり続けてきた長い歴史の痕跡でもある。そこに確かに“美しい”と感じさせる力が宿るのは、人工の荒々しさと、自然が与える静かな秩序──この相反するものが、ふとした瞬間に調和するからだ。   武甲山には、採掘場という言葉だけでは捉えきれない気配がある。人が山を採掘し、形を与え、やがてその上に草木が戻り、風や雨が新たな線を刻んでいく。その往復運動のなかで、人為と自然が互いの縁をたぐり寄せるようにして生み出した、美の震えがそこに息づいている。

武甲山に幻視する建築・都市とその量:日埜直彦

生き物は自分の身体を守る殻を持つ。これは生環境構築のもっとも原初的なかたちだろう。単細胞生物でさえ親水性と疎水性の膜を巧みに使い分けた細胞膜によりその生命を維持している。プランクトンになるとその身体をさらに石灰質の殻で覆い守っている。貝類の貝殻やサンゴの骨格などとともに、その石灰質の殻が死後に海底に降り積もって形成された堆積岩が石灰岩で、そういう堆積岩が南洋から海洋プレートに乗ってきて日本列島に押し付けられ、地上に露頭したものが武甲山の石灰岩だ。   そしてその石灰岩を加工し、人間はコンクリートの構造物を建造している。コンクリート構造物は人間の身体とその生活空間を守る殻のようなものと言えるだろう。ある研究★1によれば、現在日本国内に存在する人工物のストックの総量は310億t、そのうちコンクリートが質量ベースで最大量を占め、実に140億t余りと見積もられている。すでに廃棄され埋め立てなどに転用された量はここに含まれず、実際に現用されているものの総量がこれだ。ちなみに材料別でそれに続くのは、砂利・採石、鉄、アスファルト、木材となり、そのうち砂利・採石には石灰岩を砕いたものも相当量含まれている。   現存する140億tのコンクリートにはざっと20億tのセメントが必要になり、その製造にはほぼ同量の20億tの石灰岩が投入される。セメント出荷量のこの60年の累計は40億t近いとのことだが、およそその半分が今も現役でわれわれの生活を守る「殻」をなりたたせているということだ。それだけの莫大な石灰岩をわれわれは自然から取り出し、加工して、建築・都市はできている。これはごく即物的な現実である。   しかし、その20億tの石灰岩という量を、その数字から具体的に想像し実感することはなかなか難しい。せいぜい人口1人当たり14tと計算し、嘆息するぐらいだろう。極端な話、20億tと2億tがどれぐらい違うか、具体的に想像できるだろうか? もちろん一桁違うと頭でわかりはしても、あまりに膨大でイメージが湧かず、ただ数字が抽象的に響くだけだ。   しかし、武甲山に行くとそのリアリティが見える。武甲山から採掘された石灰岩の累計量は5億5,000万tだという。つまりその4倍弱が20億tということだ。今現在まさに掘削中の武甲山山腹の水平面、それをベンチ面と呼ぶそうだが、そこに立って山頂を見上げてみれば、かつてそこに存在し、運び出された石灰岩の量を幻視することはそう難しくない。なるほどこの4倍か、と瞠目する感があった。個人的には今回の見学の最大の収穫は、この実感を持てたことだった。武甲山の山容を一変させた人間の仕業の途方もなさもさることながら、その反対側にはそれを加工・輸送して築かれた建築と都市がある。まさに途方もない即物的現実だ。   そのリアリティに感嘆しつつ周囲を見渡すと、武甲山を取り囲む秩父山地があった。武甲山は秩父山地のなかで際立って大きいわけではない。そこで人間の営為はむしろ局所的にも見えた。それもまたもうひとつの即物的な現実だ。その山々の一つひとつがプレートテクトニクスによる日本列島に押し寄せ衝突した海底の成れの果てであり、その谷間に人間は住む。こうなるともう想像力の限界を越える。とても捉えきれないようなせめぎ合いである。   謝辞 本見学会・情報交換会にあたっては、武甲鉱業(株)代表取締社長の上川容市氏、同武甲鉱業所鉱務課長の石原裕士氏の両氏に、企画・社内調整・事前準備・当日運営まで膨大なお手間をおかけすることになってしまいました。大変ご多忙のなか、快くご対応いただきました両氏に心からの謝意を表します。本当にありがとうございました。   注 ★1──「令和2年度 環境経済の政策研究委託業務 我が国に蓄積されている資源のストックの質に関する調査・検討 成果報告書」(名古屋大学 東京大学 国立環境研究所 立命館大学、令和3年、https://www.env.go.jp/policy/keizai_portal/F_research/report02_3.pdf
【近日公開予定】藤森照信インタビュー:石灰岩による世界構築の歴史とその特徴
Interview with Terunobu Fujimori: The History and Characteristics of Limestone Worldbuilding
/藤森照信访谈录:石灰岩世界构建的历史与特点
伊藤孝+中谷礼仁+松田法子/Terunobu Fujimori+Takashi Ito+Norihito Nakatani+Noriko Matsuda
石灰岩と地球の記録──石灰岩の地質学
Limestone and Earth’s Records: Geology of Limestone
/石灰岩与地球记录:石灰岩地质学
狩野彰宏/Akihiro Kano
建築⽯材としての⽯灰岩
Limestone as a Building stone: Easy to Work with, Sturdy, and Beautiful
/石灰石作为建筑材料
乾睦⼦/Mutsuko Inui
石灰岩のないワインなんて……
No Limestone, No Wine
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伊藤孝+小阪淳+日埜直彦+松田法子/Takashi Ito, Jun Kosaka, Naohiko Hino and Noriko Matsuda
セメント製造のごみ利用──石灰石鉱山見学会を終えて
Exploring Waste Utilization in Cement Making in Japan: Observations from a Limestone Mine Excursion
/水泥生产中废料的利用:石灰石矿参观之后
松田法子/Noriko Matsuda

協賛/SUPPORT サントリー文化財団(2020年度)、一般財団法人窓研究所 WINDOW RESEARCH INSTITUTE(2019〜2021年度)、公益財団法人ユニオン造形財団(2022年度〜)
石灰石鉱業協会(第9号)