生環境構築史

連載

鏡の日本列島 1:「真新しい日本列島」の使い方を考えるために

伊藤孝【編集同人】

Mirrored Japan 01: Towards the Development of “Mirrored Japan”Takashi Ito【HBH Editor】

镜中的日本列岛-1:思考“全新的日本列岛”之使用方法

Say that we found a group of islands identical to the archipelago of Japan, but nobody was living on them. Let’s call the archipelago “Mirrored Japan.” How would we develop these islands without the consideration of history, traditions, customs or vested interests? Today, thanks to surveys started tens of thousands of years ago, we all know what kind of landscape spreads beyond the mountains, and what kind of historical transition it has undergone. Rather than ignoring the existing environment, we would like to use our knowledge of the archipelago and take advantage of its topography, geology, climate, and ecology.
In order to strengthen our knowledge of the natural characteristics of the Japanese archipelago, I would like to refer to the website “GeomapNavi”. Many years of earth science research on the Japanese archipelago is now publicly accessible through this website. With little more than a high school-level understanding of earth science, we can use this data to think about the development of Mirrored Japan.
We propose the book Super Chronology of the Whole History of Earth (Chikyu-zenshi-Supa-Nenpyou) as an additional resource to explore the possibilities of developing the mirrored islands. The book uses ten different chronological tables divided from fifteen billion years to two hundred years in order to visualize its model of history. Through these graphs we are given the ability to view our own present from multiple temporal perspectives. As we begin to develop a model of “Mirrored Japan” through earth science, does it reflect a convergence with, or a deviation from, the current appearance of the actual Japanese archipelago?(Translation by Mimu Sakuma, Matthew Mullane)

はじめに

昔、なにを思ったか、公務員宿舎のベランダにプランターを置き、ナスに挑戦したことがある。結果、顔から火が出るくらいの見事な失敗だった。お隣さんのは、あんなにおいしそうな房が沢山ついているのに。そのとき、両手を開いて、じっと手のひらを眺めつつ、「あれっ、俺には農家の血が沢山ながれてたんじゃないの……」と考えたことをよく覚えている。うちの両親の実家はどちらも代々、宮城で農家をやっており、ただそれだけのことで、根拠のない妙な自信があったのだ。

世界史や日本史を勉強しなおしてみて、少しわかったことがあった。ホモ・サピエンスが地球に誕生したのが、チバニアン(77.4万年前から12.9万年前)も終盤に差し掛かった約20万年前、そのあとは、ずーーっと狩猟採集で命をつないできたようだ。うちの親の実家が「代々」農業をやってきたといっても、2000年の歴史はないだろう。サピエンスの歴史の1%にも充たない。うちのじいさんもばあさんも、農業の「ビギナー」だったのだ[fig.1]。

そういう考えが許されるとすれば、パソコンの前で文章を書く集中力がごく限られていることや、学会で人の話を何時間も聴いていられないことも腑に落ちる。今は当たり前のような顔をして、街に住み、車に乗り、蛇口をひねり、スマホをイジり、スーパーマーケットで買い物をしているが、そういう生活は農業よりも不慣れな歴史の浅いことなのだ[fig.1]。


fig.1──ホモ・サピエンスの歴史20万年間における生活様式・なりわいの期間
われわれは歴史のほとんどの期間、狩猟採取生活を営んできた。
農業をしたり、街で暮らすようになってからまだ間もないことがわかる。
なお、ここでは、農業の開始を2000年前、街生活の開始を100年前としている。


とはいえ、われわれの先祖はそのときどきで「合理的な」判断をして、この列島で必死に命を繋いできた。いつ人類が日本列島に上陸したのか、という点は、まだまだ議論があるようだが、少なくとも3.8万年前から今日まで、列島はサピエンスの生活の舞台となり、歴史を積み重ねてきた。その結果が現在の日本列島の姿である。

その日本列島。もはや、約4万年間の歴史、伝統、風習、しがらみと既得権とで、がんじがらめのように見える。東京や大阪など大都会で暮らしたことはないが、新しい道路一本通すだけでも、莫大な予算はもちろん、気が遠くなるような調整や合意形成が必要となることだけはわかる。さまざまなことを充分に踏まえたうえで、「日本列島の使い方」について、抜本的かつ新しい提案をすることはものすごく窮屈な作業に違いない。しかし、幸い今回の特集は「SF生環境構築史大全」だ。少しぐらい自由な場面設定は問題ないだろう。

ここでは、日本列島の使い方を皆で考えていく取っ掛かりとして、以下のような条件設定を設けてみたい。

・手垢がついていない、まっさらな状態で日本列島が存在している。
・人っ子一人住んでいない。
・日本列島の地形・地質・生態などの現状と変遷に関する充分な知見を有している。
・ときには、日本列島を鏡対象に引っくり返してみたり、別のところに移動させてみてもよい。

要するに、もう一個、瓜二つで真新しい日本列島が見つかったということだ(ここではそれを「鏡の日本列島」と呼ぶ[fig.2])。それも思いっきり、弾力的で融通が効く日本列島が。


fig.2──「鏡の日本列島」
まっさらな日本列島。われわれはそこでどのように生きるべきか。


われわれは今から1億人でその鏡の日本列島で生活するとしよう。さて、どんな使い方をすればよいだろうか。しがらみから自由になり、しばし考えてみたい。もちろん、そこでの議論のほとんどは本物の日本列島には適用できない荒唐無稽なものばかりだろう。しかし、万に一つでも今後の方向性を決める上でのヒントになればよいではないか。

基盤となる地球科学的な情報

さて、このまっさらでピッカピカの日本列島をどのように使っていくべきか。折角なので、地形・地質・気象・生態などの特徴を最大限に踏まえたものにしたい。幸いなことに、われわれは数万年前、最初に列島に立った開拓者ではないのだ。あの山を越えればその先にどんな景観が広がっているか、そして、どのような歴史的な変遷を経て、そのような景観になったのか、かなり理解できるようになってきている。

なお、ここでは、「創業以来○○年継ぎ足してきた」的な、独特の秘伝、皆が知らない地球科学的な情報を駆使して論ずるつもりはない。むしろ、高校の地学教科書にはかならず載っているような地球科学的な情報をベースにして考えていきたい。じつは、「高校生向け」ということでまったく侮れない。「地球科学・気象・天文」を広範囲で網羅していることはもちろん、最新の成果までをも踏まえており、極めて優れた資料となっている[fig.3]。


fig.3──高等学校「地学」教科書と図表
左から、4単位「地学」教科書(啓林館)、4単位「地学」教科書(数研出版)、
「ニューステージ新地学図表」(浜島書店)。
この図では「ニューステージ新地学図表」のみ縮小している。


一方で、残念な話もある。最近、吉田・高木(2020)★1は全国の高校における地学の開設率・履修率を明らかにした。それによると、2単位「地学基礎」は全国の高校の44%で開設されていたが、4単位「地学」は8.8%と全国の高校の1割に充たないのだ[fig.4]。言い換えれば、4単位「地学」は、日本全体の9割の高校では履修する機会もない、選択肢にも上らないということになる。機会がなければ当然受講生もごく限られ、履修率は高校生全体の約1%と見積もられている。これでは折角のすばらしい内容の地学教科書も宝の持ち腐れだ。もはや、高校で4単位「地学」で学んだことや、なんらかの手段で学習しそれに相当する素養を有しているということは、希少価値となってしまった。ここではその皆が手にしていない高校の地学教科書や図表★2を積極的に参照していきたい。


fig.4──高校における地学の開設率
(左:2単位の「地学基礎」、右:4単位の「地学」。吉田+高木★1の図4より引用)


さらに、それらに加え、参考としたいのは産総研地質調査総合センターが運営する地質図Navi★3というウェブサイトである。これを最初に知ったのは2018年だったか。雑談で話題に上り、「あれっ、それ私は知らないなあ。シームレス地質図はよく使っているけど」なんて気持ちで最初に開いたときは、腰が抜けるほど驚いた。そして感謝した。これまで通産省時代の地質調査所やその後継の産総研・地質調査総合センターが積み上げてきた各種地球科学情報が、それ以外の機関の成果も含め、地図情報として落とし込まれ、惜しげもなく公開されている。どうやら、これほど地球科学情報の公開が進んでいる国は世界でもあまり例がないらしい★4。

この地質図Naviの凄さは公開情報の豊富さに留まらない。加えて特筆すべきことは、閲覧者自身が表記したい複数の情報を自由に選択し、それを複層的に表記することが可能になっている点だ。これは今の若者にとっては当たり前のことかもしれないが★5、ライトテーブルを使って手書きで地図を複写したり、図を微妙に拡大・縮小コピーをして重ね合わせたり、ということをした世代にとっては涙ものである。この機能を使えば、例えば地図上における活火山の位置と沈み込んだプレートの等深度線の関係など、一目瞭然となってしまう[fig.5]。


fig.5──地質図Naviの表示例
ここでは、背景地図を「地理院地図 色別標高図gray」として、
「第四紀火山」と「プレート等深度」を同時に表記している。
海溝で沈み込んだプレートが特定の深さまで沈み込んだところに火山が並んでいることがよくわかる。


以上、日本列島を対象としたこれまでの永年の研究成果の集積場としての地質図Navi、それを高校地学までの理解度で読み取り、鏡の日本列島を考える基礎としたい。

地球科学的な時間の感覚

私は現在50半ばであるが、この齢になるのは初めての経験である。これまで10回、20回と経験を積んでいれば、「よし、今回はこのパターンで行こう!」とか、少しは客観的・合理的に冷静な判断を下せるのかもしれないが、現実は、日々経験のないことに直面し、右往左往するばかりである。

そんななか友人から、「志村けんは、人間の一生を「一日」として捉えているよ」という話を聴いた。素直なので、すぐ『志村流』★6を買って読んでみた。どうやら、人の一生を72年とし、それを1日(24時間)として落とし込んでみると、今後どのように生きるかを考えるときの目安になる、ということのようだ。これだと3年が1時間に相当する。例えば、この本を執筆したときの志村さんは52才なので、「人生の17時過ぎ。」「夏場だったら、まだ明るいけど、冬ならかなり暗いたそがれ時。」「これから一日の最後の食事、ディナーが残っているから、楽しみがまんざらないわけではないけれど……」と、一生におけるそのときの自分の立ち位置を分析している。人の何倍も独特の経験を積み、時代を駆け抜けてきた志村さんでも(いや、だからこそ、かもしれない)、まだ生きたことがない「一生」を客観的にイメージすることは難しく、なんらかの比喩が必要だったのだろう。

それは地球の歴史を考えるときもまったく同じである。普通は、地球の誕生は「46億年前」と言われてもピンとこず、「すごく昔」という感想しかないはずだ。最初に出てきたサピエンスが誕生した20万年前とどれくらいかけ離れているのか、実感を伴って理解することはきわめて難しい(「年」を「円」に言い換えると実感しやすいという説がある。46億年と20万年vs.46億円と20万円、いかがだろう?)。

この捉えにくさをなんとかすべく、多くの工夫がなされてきた★7。よく用いられるのが、地球の歴史46億年を1年に換算して考える方法。これは志村流の人間の一生を一日に換算する発想と同様である。そうすることで、恐竜が絶滅した6600万年前が12月26日で、意外に年の瀬も押し詰まっての事件であったことがわかる。ホモ・サピエンスの誕生20万年前は大晦日12月31日の23時37分でNHK紅白歌合戦もフィナーレを迎える頃★8で、「なんだよ、サピエンス、大きな面して新入りのペーペーじゃないか!」ということが実感できる。

ときどき頭を整理してみるという点では、この方法は非常に優れている。私も大いに推奨したい。だが、地質年代が出てくるたびに、いつも換算ばかりしていられない。そのためここでは、九州大学の清川昌一が考案した『地球全史スーパー年表』★9を紹介したい[fig.6]。この年表では、地球の歴史を表現するのに、贅沢にも10個の年表を駆使している。過去150億年、50億年……、2000年、200年とどんどんズームアップされたものが、上から下へと10個並んでいる。そして、それぞれの時間のスケールで見た重要な出来事が記述されている。そのため、自分が知りたい出来事が10個の年表のうちどれに載っているかを見ることで、地球史上の重大性の程度と時間の経過ぐあいを肌で感じることができる。


fig.6──『地球全史スーパー年表』を活用した授業の様子


この年表の最大の特徴は、10個の年表すべての右端が今現在になっている点だ[fig.7]。この何気ない工夫の効用は計りしれない。すなわち、どの年表をみても、「その時間の尺度で見たときの現在」が浮き彫りになるのだ★10。


fig.7──『地球全史スーパー年表』型の年表
宇宙史・地球史を複数の年表で表現する。ひとつの年表のなかで、メモリの幅は変化していない。
また、必ず右端が現在となる。そのため、それぞれの時間のスケールで見たときの現在が浮き彫りになる。


それに加え、もうひとつ利点がある。いつも右端を現在とすることで、将来的なイベントの再来可能性を直感的に理解できてしまう。例えば、ある種の性質・規模を持つ地球科学的なイベント(ここではイベントEとしよう)が繰り返し起こっているとする[fig.8]。この図を見ても、次いつどれくらいの規模のイベントEが起こるのか予測するのは難しそうだ、ということはわかる。しかし、何か特別に周辺状況が変化しないかぎりは、2度とイベントEが起こらないということはありえず、いつの日かかならず起こるということはわかるだろう。


fig.8──過去12万年間のイベントEの発生頻度と規模
巽好幸『地震と噴火は必ず起こる』(新潮社、2012)の図4-7を一部改変した。


私もこの年表をつくるのを手伝ったのだが、うかつにも、はじめはこれら重要性と効用にまったく気付いていなかった。理解できたのは、完成品を見て、実際に自分で使い始めてからだ。お恥ずかしい。鏡の日本列島の使い方を議論する上で、先に挙げた高校地学教科書、図表、地質図Naviに加え、この地球全史スーパー年表も必需品だろう。

おわりに

以上、まっさらで人っ子一人住んでいない「鏡の日本列島」の使い方について思索する意義、もととなる地球科学的な情報、地球科学的な時間の考え方・捉え方、について概略してみた。この先どこに辿り着くのか、まったく予想できていない。村上春樹も長編小説を書き始めるとき、オチも落とし所もわからないまま、ただただ進めていくらしい★11。一緒にするな、と彼のファンの方々には怒られそうだが、今回はそのやり方を見習って勇気をもって進んで行ってみたい。




★1──吉田幸平+高木秀雄、「高等学校理科「地学基礎」「地学」開設率の都道府県ごとの違いとその要因」(『地学雑誌』129(3)、2020、337-354頁)
★2──『ニューステージ地学図表』(浜島書店)はカラフルで盛り沢山なのに安価。地学徒の友。なお、浜島書店は「図書教材出版を通じた地学教育への貢献」ということで、2020年、日本地質学会より表彰されている
★3──https://gbank.gsj.jp/geonavi/
★4──https://twitter.com/IWKRterter/status/1307240975215943680
★5──うちの研究室の学生さんに紹介しても、ケロッとしており、きわめて薄い反応だった。
★6──志村けん『志村流──当たり前のことが出来れば、仕事も人生も絶対に成功する』(三笠書房、2005)210頁
★7──最初の工夫が、カール・セーガンによる宇宙カレンダーである。彼は、宇宙の歴史(当時は150億年)を1年として表現してみせた。カール・セーガン『エデンの恐竜』(秀潤社、1978)282頁
★8──ここ何年も、大晦日にこの時間まで起きていられたことがありません。この番組表で合ってますか?
★9──清川昌一+伊藤孝+池原実+尾上哲治『地球全史スーパー年表』(日本地質学会監修、岩波書店、2014)24頁
★10──伊藤孝「地球科学的な時代・時間の感覚を把握する試み:現職教員研修における『地球全史スーパー年表』の活用」(茨城大学教育学部紀要[教育科学]、第65号、2016、437-452頁)
★11──「僕はどれほど長い小説であれ、複雑な構成を持つ小説であれ、最初にプランを立てることなく、展開も結末もわからないまま、いきあたりばったり、思いつくままどんどん即興的に物語を進めていきます。」村上春樹『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング、2015)143頁


いとう・たかし
地質学、海洋地質学、地球化学、鉱床学。茨城大学教育学部教授。主な共著=『地球全史スーパー年表』(岩波書店、2014)『海底マンガン鉱床の地球科学』(東大出版会、2015)など。主な論文=「モバイル端末とホームページを活用した「教員参加型野外観察支援システム」の提案」(共著、2006)、「地層を見る・はぎ取る・作る」(共著、2011)、「伸縮自在印刷用フィルムを活用した立体地形モデルの作製とその教材化の試み」(共著、2013)など。


Takashi Ito
Geology, Marine Geology, Economic Geology
Professor of Education at Ibaraki University

鏡の日本列島 1:「真新しい日本列島」の使い方を考えるために
Mirrored Japan 01: Towards the Development of “Mirrored Japan”
/镜中的日本列岛-1:思考“全新的日本列岛”之使用方法
伊藤孝/Takashi Ito

協賛/SUPPORT サントリー文化財団、一般財団法人窓研究所 WINDOW RESEARCH INSTITUTE