生環境構築史

連載

鏡の日本列島 3:鉄なき列島

伊藤孝【編集同人】

Mirrored Japan 03: Archipelago without IronTakashi Ito【HBH Editor】

镜中的日本列岛-3:无铁之岛

──毎日の暮らしのなかで目にする景色や情景は、我々の身体に馴染み、やがて、それらについて何の疑問も関心も抱かなくなっていく。身のまわりに鉄製品が溢れていることもまさにそれだろう。もし、街歩きをしながら、鉄に関係するものが出てくるたびに、指差し確認をしたらあやしいし、さぞせわしないに違いない。5分でいやになる。それにしても、なぜこれほど身のまわりに鉄があるのだろう。日本にも鉄資源はあるのか。今回は、この問題について考えてみた。 (特集担当:伊藤孝)


[2021.10.4 UPDATE]



The Japanese archipelago is not rich in iron resources. This issue of Mirrored Japan examines the reasons for this lack of iron. First, we will review the origin of Earth. As stated by recent Earth and Planetary Science, Earth’s history began from dust particles in the protosolar disk. These particles eventually evolved into a protoplanet by colliding with each other. Shortly after the formation of this proto-Earth, denser material, such as iron, sank to the center to form the core, while lighter materials remained on the surface. This is the origin of Earth’s core. The lighter elements outside the core formed the mantle. Eventually, Earth’s crust became distinct from the mantle. In this way, the mantle and the crust were left without much iron as used tea leaves are left without much flavor. Hence, it is actually not only Japan, but most of Earth’s crust that does not contain a lot of iron in the first place.

The majority of iron deposits in the world are found as banded iron formations. These formed on the ocean floor between 2.4 billion to 2.8 billion years ago, as the result of the extraction and precipitation of iron from the crust. Before banded iron formations, no oxygen molecules were found in the ocean. Therefore iron extracted from the crust by weathering and hydrothermal activity on the sea floor remained dissolved in the seawater as ferrous iron. Later on, when oxygen was produced by photosynthetic organisms, insoluble iron oxides formed, turning the ocean bright red and creating precipitation layers on the seabed; this is how banded iron formations formed. Then, the ocean experienced a higher oxygen level, and eventually oxygen was released from the ocean and filled the atmosphere.

Most of Japan’s major strata are dated from the Jurassic period of the Mesozoic era, sometime in the past 200 million years. In other words, Japan finally started forming about 2 billion years after the formation of the banded iron deposits and the release of oxygen into the atmosphere. This explains why Japan is a barren land in iron resources.





はじめに

大学3年の4月に研究室配属となり、自分の机をもらえた以降のささやかな楽しみのひとつは、月曜日の日没を迎える頃、とある先生の研究室に三々五々集まって、皆でワイワイお酒を飲むことだった。ゼミの縛りは一切なく、ときには隣の生物科の学生も来ていた。その先生の部屋には何故かいつもお酒があり、魔法のようにどこからともなく乾物、缶詰、袋菓子が出てきた。齢60を越えていたが、よくぞ学生との話に付き合ってくださったと思う。国の研究機関に長いこと勤めていたからか、生意気ざかりの若者と話すのが新鮮だったのかもしれない。われわれもほとんど毎週のようにその部屋に吸い寄せられていったということは、ただでお酒が飲めるということだけでなく、さぞ居心地がよかったのだろう。研究室にあるお酒を飲み干し、つまみを食べ尽くすと一旦お開き。先生は自転車でふらふらと帰られ、われわれは心配そうにそれを見送るのであった。根雪となっている季節などは、翌日大学でご無事な先生を見て、心底ホッとしたものだ。

この鉄特集を準備するにあたって、鉄の資料を探していたら、なんとその先生の若かりし頃の論文がいくつもヒットした★1。ナウマンにより作成された最初の日本列島の地質図以降、資源探査を中心に地質調査は進められ、日本に大規模な鉄鉱床がないことは明らかになっていた。実際、戦前・戦中とすでに大量の鉄鉱石資源を海外から輸入していた★2。しかしそれを重々承知のうえで、日本国内の鉄資源の詳細な目録を作ろうとされていたようだ。北海道の砂浜の砂鉄の記載まで丹念にされているのには泣けてきた★3。

鉄は地球にありふれた元素である。それなのになぜ日本列島には鉄資源はないのだろう。今回はその問題を中心に考えてみたい。

地球の鉄

房総半島に露出する地層に国際的な地質時代の基準面、ゴールデンスパイク★4が打たれ、チバニアンという地質時代名が認定された決め手は、砂層と泥層の薄い縞々の繰り返しが一般的な房総半島の地層のなかに、地球の歴史記録をたっぷりと欠損なく含んだ厚い塊状の泥岩層が挟まっていたこと、その泥岩層に松山―ブルン境界という地磁気の逆転境界が記録されていたこと、さらに幸運なことにその境界の直前に白尾火山灰が含まれ、その年代が正確に決められたことだろう★5。

地磁気の尺度でいうと、現在はブルン期(元号でいう「令和」に相当するもの)にあたり、ご存知のように方位磁針の赤い針は北を向く。しかし、ひとつ前の松山期はその逆だった。方位磁針の赤い針が南を向いていた時代だ。千葉セクションには、その地磁気の入れ替わった瞬間が記録されている。

そもそも地球がなぜ磁性を帯び、あたかも地球の内部に強力な棒磁石が存在するようなことになっているのか、という問題はなかなか手ごわい。それを理解すべく、先に紹介した月曜日の夕方からお酒を飲んでいた時期と前後して、物理地学の授業で半期丸々費やして式を追っかけたのだが、30数年経った今では危うい。一行でまとめると、地球深部の外核が溶けた鉄でできており、それが対流し電流が流れ磁場が形成されている、ということのようだ★6。

最近の地球惑星科学によると、地球は原始太陽系円盤に存在していた固体微粒子を起源とし、それが成長した微惑星の衝突により形成された★7。原始地球が形成されてまもなく密度の大きなものが下に沈み、小さなものが表面に残った。その下に向けて沈んで行った(球で考えると、中心に向けて沈んで行った)のが鉄である。それが地球の核の起源。そして軽くて表面に残ったものがマントルであり、地殻はそのマントルがのちに分化することで作られた。地球全体で考えると、マントルや地殻は、いわば「鉄の抜け殻」「鉄の出がらし」である[fig.1]。



fig.1──地球の地殻、マントル、核、それぞれの元素濃度(重量%)
データは、松久幸敬+赤木右『地球化学講座 1 地球化学概説』(培風館、2005)、およびwikipediaの『クラーク数』の項(https://ja.wikipedia.org/wiki/クラーク数)より引用。



すなわち、地球の核こそ鉄の超巨大鉱床なわけだ[fig. 2]。しかし、そこは月よりも遠い。われわれはまだマントルにすら到達したことがないのだから。

今回は「日本に鉄がない」という話をしているのだが、日本のみならず、そもそも地殻には鉄があまり含まれていないことがわかった。そんななか、われわれはどこから鉄を調達してくればよいのだろうか。



fig. 2──Google Earthで見た薩摩硫黄島
右奥にみえる植生のない高い山が硫黄岳。その周辺の海には青白く怪しく輝く縁取りがなされている。これはアルミニウムを含む温泉が湧いているところ。中央に見える茶色に染まった湾がフェリーの発着場所でもある長浜湾。秘湯マニアに人気の東温泉は硫黄岳が海に没するところに位置する。



縞々の鉄──縞状鉄鉱層

「生きている地球」というコピーをよく目にする。私がうろうろしたなかでは、地球が「生きている」ことがわかりやすい場所のひとつが薩摩硫黄島である。

桜島と西郷隆盛終焉の地である城山、それらに東西から見おろされる鹿児島港を出てわずか4時間、薩摩硫黄島はそこにこつ然とあった。中央にそびえる硫黄岳は昔ばなしに出てくる鬼ヶ島、もしくは巨大アミューズメントパークにあるできすぎなぐらいの「火山」の様相だし、島の周りにはさまざまな色の「にごり」が湧き立っている。ともかく濃い島だ。私は3度しか行ったことがないが、いずれもそこに行くのははじめて、という地質屋のグループと同行したので、デッキの上から徐々に大きくなってくる島影を見つめる皆の高ぶりが干渉し、異様な興奮状態だったのを記憶している。

現地に行かずGoogle Earthで眺めるだけでも、この島の尋常ではない様子は見て取れる[fig.2]。中央に見える長浜湾は赤茶色に濁っており[fig. 2, 3]、フェリーはこの真っ赤な水のなかに突っ込み、それで無事到着となる。これは前日に大雨が降り、泥水が海に流れ込んだわけではない。この真っ赤な水の正体こそ、今回問題にしている鉄である。硫黄岳の根っこの周りで作られた酸性の温泉が地殻にそれほど多く含まれていない鉄を溶かし出し、海へと豪快に放出しているのだ。溶けていた鉄が、海水中に含まれる酸素によって酸化され酸化鉄になったものが真っ赤なにごりの正体である。



fig. 3──薩摩硫黄島の長浜湾の様子
長浜湾から湧き出た温泉水に含まれる鉄イオンは海水に触れるやいなや酸化され赤茶色の懸濁物となる。これらは多くが湾内に堆積するが、一部、湾の外へも流れ出ていく。写真提供=清川昌一氏(九州大学大学院理学研究院)





fig. 4──縞状鉄鉱層の露頭(西オーストラリア、ピルバラ)
じつはこの日はピルバラでは珍しい薄曇り。Photoshopの新機能「空を置き換え」で典型的な「ピルバラの空」風にしてみた。筆者撮影



fig. 5──縞状鉄鉱床が形成された時代とその規模(縦軸が対数目盛りであることに注意)
Bekker et al., Iron formation: the sedimentary product of a complex interplay among mantle, tectonic, oceanic, and biospheric processes, Economic Geology, 105(3), 467-508, 2010.のfig. 12を一部修正。色がやや薄いオレンジの部分は、生成年代が不確かなもの。



現在、われわれは鉄資源を海外から大量に輸入しているが、そのほとんどは縞状鉄鉱層と呼ばれるものだ[fig.4, 5]。主に28億年前〜24億年前の海洋で形成されたものだが、その名の通り美しい縞々をもっている。現在の小学校・中学校の理科の教科書には、砂や泥でできた縞々をもつ美しい地層の写真が載っているが、この縞状鉄鉱層はそれらとは違い酸化鉄の縞々である。

縞状鉄鉱層ができていた当時の海は、まさに薩摩硫黄島の長浜湾のような様相[fig. 3]を呈していたと考えられている。見ている分にはすごいが、飛び込んで泳ぎたくなるような海ではない★8。

縞状鉄鉱層が形成される以前、海洋には酸素分子は溶け込んでいなかった。そのような状況下、鉄は2価鉄の状態で海水に溶けた状態でいられる。主に海底の熱水活動により供給された鉄はそのまま海に溶け込んでいた。極端に言えば、地球に海ができてから、「鉄の出がらし」である地殻からじっくりと抽出された鉄が、海水に濃集・蓄積してきたことになる。そんな状況のなか、副産物として酸素を放出する光合成生物が海に大量発生したわけだから、鉄が酸化し、真っ赤な海になってしまう。それが海底に積もったのが縞状鉄鉱層である[fig. 6]。海に溶けていた鉄がきれいさっぱりと酸化沈殿し、酸素に富む海になり、やがて酸素は大気中へと満ちていった。



fig. 6──太古代〜古原生代における縞状鉄鉱層の生成モデルのひとつ
Bekker et al., Iron formation: the sedimentary product of a complex interplay among mantle, tectonic, oceanic, and biospheric processes, Economic Geology, 105(3), 467-508, 2010.のfig. 7を一部修正したもの。本モデルでは、縞状鉄鉱層、粒状鉄鉱層、鉄炭酸塩、それぞれの堆積場が模式的に示されており、縞状鉄鉱層はもっとも深部に堆積したものという位置づけ。



さて、話を日本全体に戻そう。地質図Naviなどで探しまくると実感いただけると思うが、日本列島を作る地層の年代は多くが中生代のジュラ紀以降のものである。最近2億年の間に海の底で溜まったものだ。fig. 7には今回話題としている薩摩硫黄島を南端に置きつつ九州の地図を示したが、ご覧の通り、三畳紀以前の堆積岩の分布は極々わずかである。日本最古となる古生代カンブリア紀の地層が茨城に見つかり地元では大騒ぎになったが★9、それでも年代でいうと約5億年前。一方、先に見たように大半の縞状鉄鉱層の沈殿が終了したのが24億年前で、全球凍結という極端なイベントに関連して生成された縞状鉄鉱層(ラピタン型縞状鉄鉱層)も約6億年前である[fig. 5]。鉄資源という意味において、日本が不毛な大地という理由が実感できるであろう★10。



fig. 7──シームレス地質図(https://gbank.gsj.jp/seamless/v2.html)で見た三畳紀以前の堆積岩の分布
色が塗られているところが三畳紀以前の堆積岩の分布域。目を凝らすと、福岡県の北東部と熊本県の中央部から宮崎県の北西部にかけてうっすらと見える。また、この地図の中央下部に小さく薩摩硫黄島が見える。



和鉄のふるさと

日本には縞状鉄鉱層はない。とはいえ、日本の伝統・誇り、という文脈で語られることが多い「たたら製鉄」があるではないか。たたら製鉄で得られた玉鋼からつくった日本刀は抜群の切れ味を持ち、クギは1,000年経っても錆びないらしい★11。鉄に不足した日本列島で、いったい何を原料としているのだろう。

たたら製鉄には伝統的に真砂砂鉄、赤目砂鉄が使われるらしい[fig. 8-A]。通常、砂鉄という言葉は、もともとは岩石中に含まれていた鉄酸化物が、岩石の風化と侵食により洗い出され、運搬・堆積し河川や海浜で砂のなかに含まれるものを示す[fig. 9]。しかし、真砂砂鉄、赤目砂鉄は、そのような意味の砂鉄ではない。まだ花崗岩のなかにまばらに散在している状態の造岩鉱物である。

通常、鉱物資源は、地殻の平均よりもはるかに大きな濃集度をもつ岩石鉱物のことを意味するがこの場合は全く異なる。中学校理科でもその名称が出てくる花崗岩は、大陸地殻を作る代表的な岩石のひとつである[fig. 8- B, fig. 10-A・B]。しかし、鉄の含有量は低く、本来とても鉄資源と呼べるようなものではない。その鉄の含有量の低いものから鉄を取り出したわけだが、その鍵は、岩石の風化の度合いが握っている。砂鉄を取り出したのは、カチカチの花崗岩ではなく、風化してぐさぐさの状態になったものである。これをマサ土というが、人の手でも容易に崩れてしまう非常に脆いものである[fig. 8-B, fig.10-C・D]。



fig.8──日本列島における花崗岩の分布・分類と砂鉄の分布
A. 中国地方における真砂砂鉄・赤目砂鉄の分布域。地理院地図の陰影起伏図上に「鉄の道文化圏推進協議会事務局」によるウェブサイト(https://tetsunomichi.gr.jp/history-and-tradition/tatara-outline/part-2/)の砂鉄分布図を表示、B. 日本列島における花崗岩類の分布(Ishihara S. and Sasaki, A., “Ore deposits related to granitic magmatism in Japan: A magmatic viewpoint”, Episodes, 14(3), 286-292, 1991.のfig.1を一部修正、C. 石原舜三による花崗岩の分類とその日本列島における分布(高橋正樹『花崗岩が語る地球の進化』[岩波書店、1999]の図3-2を一部修正)。磁鉄鉱系列の花崗岩地域に真砂砂鉄、チタン鉄鉱系列の花崗岩産地に赤目砂鉄が分布していることに注意。



fig.9──一般的な砂鉄のイメージ
A. 過去の海岸の砂浜のなかに含まれる砂鉄の層(北海道根室市)。B. 黒色の砂鉄がきれいな縞模様を作っている。すべて筆者撮影





fig. 10──花崗岩とマサ土
A. 風化していない花崗岩をえぐる河川の様子(山梨県の昇仙峡)。いかにも固そうな巨レキが多数分布している。B. 黒雲母花崗岩(茨城県笠間市稲田産)。いくつかの種類の鉱物から成ることがわかる。C. マサ化した花崗岩の様子(阿武隈山地南部)。黒雲母や長石などの鉱物が粘土化し、もはや岩石ではなく「砂取場」にされてしまっている。D. マサ土(茨城県つくば市小田産)。素手で崩れるほどもろい。すべて筆者撮影



fig.8-Bでわかるように、中国地方には広範囲に渡って花崗岩が分布しているが、永年、風雨にさらされた表面部分は風化され、マサ土となっている。2014年の広島豪雨災害、2018年の西日本豪雨災害をご記憶かもしれない。これらの災害では、集中豪雨により広島県を中心にマサ土が崩れ、大きな被害が出た。このように雨によって崩れ落ちてしまうような、脆いマサ土が大量に分布しているという点が、中国地方にたたら製鉄が発展した背景となっている。

いずれ見ていくように、日本は世界でも有数の多雨国である。それも春から秋の暖かい時期に降水量が多い。もともと固い岩石が分布していた場所にも一旦植生が形成されるとその根は岩の隙間を割り込み、呼吸により濃厚な二酸化炭素を地中へ放出する。やがて枯れた植物が重なり、その分解産物として有機酸も作られる。草地から始まった植生も森林にまで遷移する。温度の高い状況下、大量に供給される水分、森林土壌が作る有機酸、それらが複合的に作用して、花崗岩を構成する黒雲母や長石類がゆっくりと風化し、粘土化した。このような気象・気候条件下、本来ガチガチの固さを誇る堅固な花崗岩がマサ土となった。

専門外の人間から眺めるとどうにも不思議なこと、というものがある。私にとってはたたら製鉄の原材料がマサ土から取り出した砂鉄であったことだ。たしかにぐずぐずになったマサ土から鉄鉱物を取り出すことは容易だろう。しかしあまりに効率が悪い。また、どんどん山を切り崩すわけだから、環境への負荷も大きい。不思議だなあ、と思いつつ、文献を読んでいて、ハッと気付かされた瞬間がきた。その文献は意外なものであった。司馬遼太郎の『砂鉄のみち』★12である。

なるほど、先に見たように「花崗岩」という固まりでみると、鉄資源として全く理に合わない。しかし、鉄鉱物以外を取り除いてしまえば、素性良く混じりけのない鉄鉱物が取れるわけか。司馬はこのように表現していた。

「氏より育ちというが、鉄ばかりは妥協なしに氏であるらしい」。 「不純の鉄は、いかに名工が腕をふるってもどうにもならぬものらしい」。

鉄なき列島である日本にも、スカルン型鉱床など塊として磁鉄鉱を産する場所はいくつかある。しかし、磁鉄鉱として取り出してみた場合の混じり気のなさは、マサ土からとった磁鉄鉱のほうが優良だったわけだ。さまざまな起源をもつ磁鉄鉱を比較検討した最近の総説★13によると、スカルン型の磁鉄鉱と比較して、真砂砂鉄のもととなる磁鉄鉱系列の花崗岩★14中の磁鉄鉱は、微量元素の含有量がはるかに少ない[fig. 11]。「日本すごい」に加担するものではないが、それを分析機器などない時代、経験の集積から導きだした先人たちには驚きを禁じえない[fig. 8-A]。



fig. 11──磁鉄鉱中の微量元素の成因別比較
データはNadoll et al.(2014)★13による。複数の分析データの中央値。対数目盛りであることに注意。スカルン型鉱床中の磁鉄鉱と比較して、真砂砂鉄のもととなった磁鉄鉱系列の花崗岩中の磁鉄鉱のほうが、微量元素に乏しい。なお、縞状鉄鉱床中の磁鉄鉱はさらに純度が高いことがわかる。



まとめ

最後になってお名前を出すが、われわれ悪童を可愛がってくださった先生、大町北一郎による日本列島の詳細な鉄資源リストによって日本列島に大規模な鉄資源がないことは鮮明になった★15。日本列島は、地球において大規模な鉄の酸化沈殿作用が終了し、かなりの時間が経過してから誕生した若き島弧である。列島をくまなく探しても縞状鉄鉱層は出てこない。現在、われわれが鉄を100%輸入している背景である。むしろ伝統的には、鉄含有量の低い花崗岩起源のマサ土から鉄を採り、それを使っていた。

しかし、立ち止まって考えてみれば、至るところに良質な鉄資源がなくてよかったのでは、とも思う。もし仮に鉄が山ほどあったら、製鉄を覚え始めたわれわれの先祖はすべての森林を根こそぎにするまで薪・炭をつくり、鉄作りに励んでいたかもしれない。たたらの一工程では、「ひと山を裸にするほど木炭を食った」(司馬、1979)のだから。岩波映画製作所がつくった伝統的なたたらの様子を描いた『和鋼風土記』★16を観たことがあるが、惜しげもなく投入される炭に背筋が寒くなるほどであった。

その一方、「山々の木は、伐採したあとすぐ植え、三十年でもとにもどります」とは、司馬が『砂鉄のみち』で引用する代々砂鉄精錬を続けてきた家の当主の言葉である。同じくマサ土を原料にした製鉄によって、朝鮮半島は禿げ山だらけのままだったのに、日本の森はなぜすぐに回復するのだろう。この問題は別に考えてみたい。

謝辞

本稿執筆に当たり、JSPS科研費17H02008の一部を使用した。九州大学の清川昌一氏には貴重な写真を提供いただいた。元茨城大学の堤一郎氏にはたたら関連の資料を多数紹介いただいた。記して謝意を表する。


★1──自分のゼミの先生ではなく、かつ授業でも自身の研究についてはついぞ語られなかったので、どんな研究をされていたのか全く知らなかったのだ。
★2──奈倉文二「日本鉄鋼業と『南洋』鉄鋼資源」 (国際連合大学、1980)
★3──大町北一郎+鈴木淑夫+早川彰「北海道苫小牧市を中心とせる海濱砂鐵鑛床について (I) 」(『岩石鉱物鉱床学会誌』39(4)、154-166、1955)、大町北一郎+鈴木淑夫+早川彰「北海道苫小牧市を中心とせる海濱砂鐵鑛床について(II)」(『岩石鉱物鉱床学会誌』39(5)、216-222、1955)
★4──国際標準模式層断面および地点(GSSP)に打たれる青銅製の円盤。
★5──菅沼悠介『地磁気逆転と「チバニアン」』(講談社、2020)、拙インタビュー「岡田誠:好奇心溢れる少年が地球科学者になるまで、現在、そして未来」(『みんなの地学』1号、2-9、2020)
★6──ご興味ある方は、先に挙げた菅沼悠介『地磁気逆転と「チバニアン」』(講談社、2020)などを参照のこと。
★7──田近栄一『46奥年の地球史』(三笠書房、2019)に簡潔にまとめられている。
★8──スクーバダイビングをされる方は想像がつくと思うが、濁った水のなかに潜るのは非常な危険を伴う。この長浜湾の写真を提供してくれた九州大学の清川昌一氏は、この真っ赤な海に何度も潜り、画期的な研究をまとめ上げた。例えば、Kiyokawa, S., Kuratomi, T., Hoshino, T., Goto, S. & Ikehara, M., “Hydrothermal formation of iron-oxyhydroxide chimney mounds in a shallow semi-enclosed bay at Satsuma Iwo-Jima Island, Kagoshima, Japan”, GSA Bulletin, 2021.
★9──https://www.pref.ibaraki.jp/bugai/koho/kenmin/hakase/info/38/index.html
★10──日本には他に釜石鉱山のもとになったスカルン型の鉄鉱床など多数存在する。しかし、いずれも現在鉄輸出国で主に産出されている縞状鉄鉱層と比較して、その埋蔵量は桁違いに小さい。
★11──志村史夫『古代日本の超技術 改訂新版』(講談社、2012)
★12──司馬遼太郎『街道をゆく7 甲賀と伊賀のみち、砂鉄のみちほか』(朝日文庫、1979)
★13──Nadoll, P., Angerer, T., Mauk, J. L., French, D. & Walshe, J., “The chemistry of hydrothermal magnetite: A review”, Ore Geology Reviews, 61, 1-32, 2014.
★14──じつは、伝統的なたたら氏たちが気づいた真砂砂鉄、赤目砂鉄の産地の違いであるが、1970年代に日本人研究者によって再発見されている。石原俊三による花崗岩の分類法である。石原は磁性強度の違いにより、花崗岩が2つに分類できることが気づいた[fig. 8-C]。磁鉄鉱を含む磁鉄鉱系列、チタンに富む磁鉄鉱であるチタン鉄鉱を含むチタン鉄鉱系列である。花崗岩には観点によりいくつかの分類法が存在するが、この石原式の分類は花崗岩の成因と付随する金属資源にもかかわる本質的なものである。石原が日本における代表的な花崗岩の分布域、広島県の出身というのも興味深い。
★15──大町北一郎『地下の科学シリーズ2 日本の鉄鉱石資源』(通商産業省地質調査所編、実業公報社、1963)
★16──http://sts.kahaku.go.jp/sts/eiga/file/028.htm


いとう・たかし
地質学、鉱床学、地学教育。茨城大学教育学部教授。NHK高校講座「地学」講師(2005〜12)。主な共著=『地球全史スーパー年表』(岩波書店、2014)、『海底マンガン鉱床の地球科学』(東大出版会、2015)など。主な論文=「自然災害に対する危機意識と実際の行動──フィリピン・ヴィサヤ地域の場合」(単著、2017)、「青森県深浦地域の新第三系マンガン鉱床から産出した放散虫化石とその意義」(共著、2019)など。


Takashi Ito
Geology, Ore Geology, Earth Science Education
Professor of Education at Ibaraki University





【Issue vol.1】
鏡の日本列島 1:「真新しい日本列島」の使い方を考えるために/Mirrored Japan 01: Towards the Development of “Mirrored Japan”/镜中的日本列岛 1:思考“全新的日本列岛”之使用方法


【Issue vol.2】
鏡の日本列島 2:日本列島のかたち──なぜそこに陸地があるのか/Mirrored Japan 02: The Shape of the Japanese Archipelago -- How nature shaped its current form/鏡中的日本列島 2:日本列島的形狀──為何那裡會有陸地?


【Issue vol.3】
鏡の日本列島 3:鉄なき列島/Mirrored Japan 03: Archipelago without Iron/镜中的日本列岛-3:无铁之岛


鏡の日本列島 3:鉄なき列島
Mirrored Japan 03: Archipelago without Iron
/镜中的日本列岛-3:无铁之岛
伊藤孝/Takashi Ito

協賛/SUPPORT サントリー文化財団(2020年度)、一般財団法人窓研究所 WINDOW RESEARCH INSTITUTE(2019〜2021年度)、公益財団法人ユニオン造形財団(2022年度〜)