生環境構築史

第8号  特集:
地球の見方・調べ方──地球を知るためのデータベース How We Investigate and Perceive the Earth — The Whole Earth Database 观察和研究地球的新方法:了解地球的数据库

インタビュー:データベースの学際的利用とその実際

インタビュイー:中塚武(名古屋大学大学院環境学研究科教授:同位体地球化学、古気候学)

Interview: Interdisciplinary Use of Database and its PracticalitiesTakeshi Nakatsuka, Professor of Isotope Geochemistry and Paleoclimatology, Graduate School of Environmental Studies, Nagoya University

访谈:中塚武、数据库的跨学科使用及其实践名古屋大学研究生院环境学研究科教授:同位素地球化学、古气候学

日本国内に残された古い木材の酸素同位体比をもとに、歴史上の気候変動の推移をきわめて高解像度で捉えたデータベースを構築した中塚武氏に話を伺った。中塚氏はそのデータベースをもとに、考古学や日本史などの知見と付き合わせつつ、歴史上の出来事の背景にある気候変動と災害の影響をめぐる学際的議論を提起した。ディシプリンを異にする専門分野のあいだでデータを扱う際のむずかしさがその議論のなかで浮かび上がったという。その実際はいかなるものだっただろうか。

We spoke with the professor of paleoclimatology, Takeshi Nakatsuka, who constructed a high-resolution database of historical climate changes in Japan based on tree-ring oxygen isotope ratios in old timbers found within the country. Nakatsuka has used this database to initiate interdisciplinary discussions on the impact of climate change and disasters on historical events, integrating insights from archaeologists and historians of Japan. The challenges of handling data across different disciplines emerged during these discussions. We asked about the specific difficulties encountered in these discussions.


[2024.6.23 UPDATE]




左上から:松田法子、伊藤孝、日埜直彦、中塚武氏




日埜直彦──今日は、古気候学を研究されている中塚武先生にお話をうかがいます。中塚先生は、気候変動と日本史の出来事の符合を鍵として、日本史を読み直すプロジェクトを主導し、その成果は『気候変動から読みなおす日本史』(全6巻、臨川書店、2020~21)としてまとめられています。科学的なデータを、歴史学や考古学といった異分野とつなげながら歴史の見方を更新し、そしてそこから「気候変動に対する社会応答のあり方」に対する問いへとつないでいく中塚先生の研究姿勢は、生環境構築史のテーマとも、大きく重なるように思います。そうしたご経験から感じられた、ある分野の科学的知見を学際的につき合わせるお仕事の実際についておうかがいしたいと思いました。
そしてまた、新しいデータが得られればそれまでわからなかったことがわかるようになるわけですが、しかしそれは無邪気に思うほど単純なことではない。そのデータが示唆するものは何なのか、慎重に考える必要もあります。そうした点についても、うかがえればと思っております。

古気候学とは何か

日埜──まずは中塚先生の研究の変遷をお聞かせください。

中塚武──私はもともと、過去の環境や生命の進化に関心があり、京都大学理学部で地質学を学びました。その後は名古屋大学の大学院に進学し、水圏科学研究所で「古環境学」の研究を開始します。古環境学とは、海底堆積物や南極のアイスコアなどを試料として、自然科学的な方法で過去の環境を復元しようという学問です。さらにその一部である「古気候学」は、その中でも過去の気温や降水量を復元する学問です。
古気候学は、いわゆる文系理系の垣根なく研究されている分野だといえます。例えば1990年代には、日記上の天候の記録を読み解きながら天気図を作成し、往時の気候と出来事の関連性を分析する研究が盛んに行われました。またここ数年では、鍾乳石の年代測定研究がとても高解像度になってきています。同位体比の測定法の中でも特に「ウラン - トリウム測定法」が急速に進歩したことで、1万年前の試料の年代を1%以内の誤差、つまり数十年以内の誤差で測定できるようになり、それに伴ってより精確な気候変動の復元が可能になってきました。
私は、樹木の年輪を使った「酸素同位体比年輪年代法」によって、古気候の復元をしています。ご存じのとおり、樹木の年輪を使った年代研究は歴史が古く、農学部林学科などで林業への援用を目的として長年使用されてきました。


fig.1──長野県木曽郡・阿寺国有林の木曽ヒノキから採集した年輪円盤。樹齢846年の年輪と史実を高精度で照らし合わせていく(提供=中塚武)


このように、古気候学の中にもさまざまな研究手法がありますが、いずれも21世紀になって気候復元や年代測定の研究精度が向上しています。その最大の理由は、地球温暖化対策です。温暖化の原因が、本当に温室効果ガスの増大によるのかを検証するには、温室効果ガス濃度が急上昇し始める産業革命以前の気候変動の内容と、その変動幅を明らかにする必要性が生まれています。その結果、研究が急成長し、その中で生み出された高精度の測定法は、今や歴史研究にも転用されています。

日埜──「年代測定の研究精度が向上した」というのは、かつては何十年単位でしか測定できなかったものが、現在は1年単位で測定できるようになった、という意味でしょうか。

中塚──時間の単位については、近年一様に解像度が上がったわけではありません。例えば、年輪年代法は100年以上前に確立され、今も昔も変わらず年輪形成の周期である1年を単位にしています。また、日記を使用する場合も同じで、当時も今も1日単位のデータを採集できるという意味では、精度は変わりません。
精度の向上につながったものを挙げるなら、一つはサンゴや鍾乳石、アイスコアといった、年輪のような年代軸の目盛がない試料の年代決定をするために使用される、放射性同位体の分析技術が急激に発展したことです。もう一つは、採集後の古気候データを解釈する際に「そのデータが一体何を表してるか」を明らかにするために必要な関連研究が、現在の気候学や気象学の研究とリンクして、どんどん発展してきたことです。つまり、測定と解釈の両面から全体の精度が上がってきたと言えます。

酸素同位体比年輪年代法とその応用

日埜──中塚先生の研究の主軸である「酸素同位体比年輪年代法」とその応用について教えてください。

中塚──酸素同位体比年輪年代法は、2010年代に始まったばかりの、極めて若い研究分野です。樹木年輪の酸素同位体比を測定して、日本の気候変動を過去数千年間にわたって1年単位で復元し、人間社会の歴史と対比していく。これが私のメインの研究になります。また、そこから派生した、酸素同位体比の変動パターンを、遺跡からの出土材の年輪年代の決定に応用する研究も継続しています。
樹木の年輪は1年単位で刻まれるため、年代決定は容易で、古気候も簡単に復元できると思われがちですが、実際はそんなに単純ではありません。たしかに、アメリカ南西部の乾燥地域やシベリアの寒冷地域のような、樹木がポツンポツンとしか生えていない場所であれば、そう言えるかもしれません。樹木間での相互作用がほとんどなく、一本いっぽんの樹がそれぞれ等しく気候変動の影響を受けているので、年輪幅だけで年代が決定でき、過去の気候変動もそれなりに精確に復元できます。ところが、日本やアジアモンスーン地域のように、樹木が密に生育している場所では、日射をめぐって局所的な生態競争が発生します。年輪幅はその影響を直接受けるので、変動パターンは個体ごとにバラバラになるんです。そのため、こうした地域では、長年、年輪を使った年代決定や気候変動の復元が困難でした。
そんな状況下で私が開始したのが、年輪に含まれるセルロースを抽出し、その酸素同位体比を測る手法です。年輪の元となる物質が光合成で作られる葉内の水の酸素同位体比は、空気中の水蒸気の量、つまり湿度やそれが規定する降水量に対応して変動します。大気全体の湿度はかなり広域で連動して変化するため、樹木の局所的な生育環境に左右されにくく、精確な復元が可能です。


fig.2──セルロースのカッティングの顕微鏡画像。写っているのは、fig.1の木曽ヒノキの中心部分の年輪から抽出したセルロース(提供=中塚武)


また、スギやヒノキのような異なる樹種でも等しく測定できる点も、優れた特徴です。寒さや乾燥への耐性は樹種によって違い、年輪幅の変動パターンと気候変動の関係にも影響しますが、酸素同位体比の変動は、樹種に左右されることがないので、パターンマッチングがしやすいわけです。
現生木以外に適用できるのも優れた特徴です。遺跡から出土した埋没木や、昔の建築物から採集した建材の一部からも、酸素同位体比は測定可能です。従来の年輪幅に基づく方法では、竪穴式住居の柱や、洪水で埋もれた木などの絶対年代を明らかにするのは非常に困難でしたが、出土材の酸素同位体比の変動パターンを、年代が既知の多数の木材から得られた年輪セルロース酸素同位体比の標準年輪曲線と比べることで、1年単位で年代が特定できるようになりました。
そのおかげで、考古学や建築史の研究者の皆さんが、この研究にとても興味を持ち、木材試料を大量に提供してくださいました。併せて、セルロースの抽出技術の開発にも尽力し、膨大な木材から一気にセルロースを抽出・分析して、主に中部日本の過去数千年間の気候変動を1年単位でデータベースとして具現化することもできました。

松田法子──発掘された木材や、建設年不明の古建築のサンプルが、中塚先生の研究室に送られてきて、それを測定して年代決定をする、いわば調査所のようなこともされている、ということでしょうか。 中塚──はい。10年前は「大切な文化財の一部を、そんなわけのわからない研究に使わせるわけにはいかない」と思われる人がほとんどでした。しかし徐々に成果が出て、考古学関係の学術誌などに論文を書いてからは、全国から木材が持ち込まれ、私たちが酸素同位体比を測定して同定した年代を回答する、というサイクルも生まれています。

得られたデータを古気候復元まで展開する

日埜──年代決定の先にある、気候変動および古環境の復元をやるためには、こうして積み上げられたデータをどのように展開していくのですか。

中塚──年輪の酸素同位体比を測ってデータベースを作ること自体は、気象学をまったく知らなくても可能です。パターンを合わせていくだけですから。しかし、気候変動を復元するには、データによって浮かび上がったパターンが何を意味するかを吟味し解明していく必要がある。そのためには、年輪データと同じ地域の20世紀以降の気象観測データを詳細に比較しながら、どのような気候変動が年輪データを変動させるのかを検証していく必要があります。そして、その知見を過去にさかのぼって当てはめていく。これが、古気候を復元するときの最も基本的な手順です。
幸いにも、日本にはいろいろな史料が残っています。例えば、江戸時代の日記から抽出された、1日あるいは1年単位の降水量の変動データが複数あり、それらとつき合わせることで復元された古気候データのチェックができます。あるいは、中世では災害の記録が数多く残っていて、月単位で干ばつや洪水の発生が復元されています。データベースは過去1000年分ほどあるので、データと史料を照らし合わせて検証しながら、過去の降水量や気温も、間接的ながら推定することが可能になります。
なお、年輪の酸素同位体から復元できるのは、すべて夏(6月から8月)の気候です。樹木が最も活発に成長する、この時期の降水量しか復元できません。しかしそれは、一番雨が多く、年間で最も大事な季節の降水量であり、日本の生業である水田稲作の出来・不出来にとって重要なデータだとも言えます。

日埜──当然、時代によって精度が違ったり、場所に偏りが生じるなど、データにはばらつきが出てくると思いますが、この点はどのように捉えながら測定をされているのでしょうか。

中塚──もちろん、どこでも同じ精度で、とはいきません。一つは試料の入手しやすさの地域差です。中部山岳地域には、長樹齢の木材が膨大にありますが、北海道ではそうはいかない。もう一つは、酸素同位体比を使っていても、気候変動を復元しやすい場所としにくい場所があるためです。先ほどお話ししたように、樹木の酸素同位体比は、水蒸気の量に加え、水蒸気(降水)の同位体比とも連動して変化するのですが、両者が単純に相関する地域ばかりではなく、まったく関係ない方向に変化する地域もあり、こうした地域では研究が進めにくくなります。木材試料をどうにか手に入れデータを採取しても、それを気象データと換算して比べるまでの工程が増えるため、大変になるんですね。偶然ですが、中部地方はこの点でもきれいなデータが採りやすい地域でした。


fig.3──膨大な試料の分析によって構築された、年輪酸素同位体比のデータ。上記データには、まさにfig.1の木曽ヒノキおよびそこから抽出したfig.2のセルロースのデータが含まれている(提供=中塚武)


伊藤孝──それは言い換えれば、例えば東北地方の樹木からデータを採集し、それを中部地方の樹木のパターンと合わせることで、やませの強度のような東北の特徴的な気候を逆に復元できる可能性もある、ということでしょうか。

中塚──はい、できると思います。数百年分を比較すれば、当然マッチングする時期も、しない時期も出てきます。その合致しない時期こそ、おっしゃる通り、やませなどの地域特有の影響を受けていた時期だと推測できます。広域のデータと比較することで、各地域の気候を純粋に切り出していくというのは、まさに研究において最も重要なポイントです。
しかしそのためには、やはり中部地方と同じクオリティのデータを、各地域で得る必要があります。クオリティが異なるものを比べれば、差が出るのは当然ですから。地域の違いに加え、短周期変動と長周期変動のどちらも精度を上げていくというアプローチも、今後の研究テーマのひとつだと考えています。

『気候変動から読み直す日本史』プロジェクトの概要

日埜──その酸素同位体比年輪年代法と、歴史学や考古学を接続して生まれたのが、シリーズ『気候変動から読みなおす日本史』です。こうした、データベースを他分野へと展開したプロジェクトが成立した経緯を教えてください。


fig.4──中塚氏が監修したシリーズ『気候変動から読みなおす日本史』(臨川書店、2020~21)


中塚──遡りますが、私が、総合地球環境学研究所(以下「地球研」と表記)に、設立前から長年関わってきたことが大きなきっかけです。地球研では、文理融合の新しい研究がやれると知っていたので、いつか自分もそのようなプロジェクトをやりたいと考えていました。
そうしたなかで、2009年に、国立歴史民俗博物館との共同研究を開始しました。そこで提供された、非常に古い時代の長樹齢の木曽ヒノキの試料の酸素同位体比を測定することで、長期間の古気候データを得ることができました。またそこから、2世紀の気候変動が、前後の時代に比べて大きいことがわかったんです。たしかに2世紀後半には「倭国大乱」があり、気候変動と史実がダイレクトに関係してるのではないかと、ピンときました。その後も同じ試料を分析していく中で、6世紀も気候変動が非常に激しいとわかりました。こちらも『日本書紀』などと照らし合わせてみたところ、気候変動と歴史的に重要な出来事が起こった時期が、面白いように合致したんです。
こうした経験から、蓄積されてきた気候変動の膨大なデータを、考古学者や歴史学者とともに共有して、気候と歴史の関係を検証するプロジェクトを立ち上げようと、2010年に京都の地球研に研究プロジェクトのプロポーザルを提出しました。単に気候変動を確定するだけではなく、それが日本の歴史に与えた影響の有無や内容を客観的に議論することを目指し、プロジェクトが2014年から開始されました。

科学的データと文献史料

日埜──地球研の『気候変動から読みなおす日本史』に参加された日本史や考古学者のテキストの中には、「こうしたプロジェクトに対して、最初は戸惑いがあった」といった率直な感想も散見されました。それは、自然科学的に採集・復元されたデータと、各自の学問や分野に特有の前提や論理みたいなもののあいだにギャップを感じた、という意味だと思います。実際には、どのような反応があったのでしょうか。

中塚──前提として、このプロジェクトにそもそも関心がなさそうな先生に声をかけても仕方がないので、明らかに環境史に興味を持っている歴史学者や、実際に関連研究をされている考古学者に絞って打診し、参加していただきました。比率でいえば、4割が歴史学者、2割が考古学者、3割が年輪を中心とした古気候学の研究者、そして純粋な気候学をやってる人にもあえて参加してもらっています。しかし興味を示し参加してくださったとはいえ、皆さんに大なり小なり戸惑いや研究上の不都合があったことは間違いないと思います。
実際の議論においても、従来はなかった解釈が突然出てくる場合が多く、簡単には進みませんでした。データを読み、史実との因果を仮想するのが得意で、面白い解釈をどんどん出して次々に論文にしていく先生もいれば、「自分は古文書を見るのが仕事なので、文書の気候変動の記録についてはきちんと論文化したいけれど、古気候学のデータに関しては読み方やどう解釈すべきかがわからない」と、最後まで頑なに古気候データに触れない先生もいました。

日埜──分野として、文献がどれぐらいそのディシプリンのなかで重みを持っているのか、その度合いにもよるのでしょうね。

中塚──まさにそうです。参加後も「文献に書いてないことを軽々に言ってはいかん」とおっしゃる先生もいましたから。基本的に、議論は「気候データから推測される当時の気候を前提に、この歴史の事象を解釈してみましょう」という流れで進められるわけですが、「それはしない。私は、そんな気候データに対応する文献を知らない」と。
しかし、たしかにそれも一理あって、中世では災害を記した史料がそれなりに現存しますが、古代になれば記述は少なくなります。考古学が主に扱う先史時代であれば、もはや文献さえも存在しないため、逆にそんな話にもならないのですが。いずれにせよ、文献を重視する度合いは、対象とする時代によって多様でした。
そんなわけで、古代よりも中世、中世よりも近世と、研究対象の時代が現在に近づくほど、古気候データと関連づけられる、史料に書かれたデータの解像度は高まり、より積極的に議論を精緻化できた場合が多かった印象です。近世にまで至ると、年単位の史料が膨大にあり、往時の人々の状況を詳細に知ることができる場合もあります。そのため両者を重ね合わせることで「この温暖期に育った人々が飢饉対策を怠ったことと、この30年間で急激に気温が低下したことが重なって、〇〇の飢饉が起きたのではないか」といった議論を展開することができました。また、そういう目線で再び歴史文書を見つめることで、より精度の高い史料の再解釈がなされていく、という経験があったんです。
反対に、古代や先史時代の大部分には史料的な裏づけがないので、むしろ仮説をどんどん立てていくしかない。そのため、やや解像度を下げた数百年周期の気候変動に着目し、自分が持っている史料の解像度に合うような話にとどめられた議論が多かった。それぞれの時代が保有するデータ自体の解像度との関係で、議論の精度が大きく左右されたという印象です。

伊藤──私は中塚先生の『気候適応の日本史 人新世をのりこえる視点』(吉川弘文館、2022)を拝読して、もっとバチバチとした対立的な議論が歴史学者と行われたんだと想像していましたが、そういうわけでもなかったのでしょうか。

中塚──そうですね。実際に「環境決定論なんてけしからん」といったことを言う方もおられます。そのため最初から、建設的な議論をしていただけそうな研究者に絞ってお声がけをし、お引き受けいただけたということです。

松田──環境決定論へのアレルギーというか、拒絶反応のようなものを示されたのは、どんな背景があってのことなのでしょうか。

中塚──やはり、私が歴史学者ではないことが大きいように思います。当たり前のことですが、歴史上の危機はさまざまな要因が重なって引き起こされるのであって、気候変動がすべての原因だとは考えていません。しかし一方で、私たちは研究上、「気候と歴史のデータの間に関係性が見られる場合は、何か背景がある」という順番で問題提起をするので、それが腑に落ちなかった先生もおられたと思います。その時代にあった膨大な人々の営みに触れることなく、突如、該当する時代・地域にたまたまあった気候変動の記録をもとに議論を開始されたように思われ、抵抗感を抱かれたのかもしれません。

松田──中塚先生の古気候データを援用しようとしても、歴史学には、従来の文献史学から解明できている部分と、現在も解明できていない部分が当然ありますよね。こうしたギャップは、文献を出発点とする歴史学者には埋めようがない。シームレスな科学データと、こうしたむらのある史実をどのようにつき合わせていくか、という点について、議論があったのでしょうか。

中塚──とても本質的なご指摘です。そこから抜け出すことができなかったというのが、このプロジェクトの経験から得られた大きな教訓でした。つまり、歴史学の研究は、文献史料に書かれていないことには踏み入ることはできないし、そもそも踏み入ってはいけないと考えておられる方が多かったですね。こうした場面にぶつかったとき、どのように仮説を立てて共に議論を進めていくかを、本当は一番議論すべきだったと思います。

日埜──おそらく、史料の少ない古代史研究者ほど、自分たちが持っている情報を前提にしてどこまで言えるか、あるいは言えないのかを、常に慎重に意識しておられるでしょう。新しい科学的データを出されたからといって、すぐには飛びつくこともないし、軽々には予測や仮説を言えない雰囲気もあるんだと思います。
また、「隕石の衝突によって地球が急速に寒冷化し、恐竜が滅びた」といった議論と、「気候変動が、この歴史上の出来事を引き起こした」という議論は質的に大きく異なります。中塚先生がおっしゃったように、人間の営みと気候変動を簡単にはつなげられないし、人間ってそういうもんじゃないだろう、という抵抗感があるのだと思います。決して保守的だから議論を避けているわけではなく、人文学の根本にある、ある種の信頼やリスペクトみたいなものが、おそらくそこに関係しているのではないでしょうか。

グローバル・ヒストリーから見る世界

日埜──おそらくこの20年ほどでしょうか。マクロな環境変動と人類史をつなげて、長期に及ぶ地球上の歴史を俯瞰する、いわゆる「グローバル・ヒストリー」が注目を集めてきました。比較的長期にわたる推移のデータを用いながら歴史を再解釈することの威力を、強く感じざるを得ない時代になってきたと思います。中塚先生の『気候変動から読みなおす日本史』にも、おそらく同様の問題意識が内在するのではないでしょうか。
生環境構築史も、同様の流れを汲んでいるように思います。私たちの場合は、「人間はどうやって、人間の生活する環境を構築してきたのか?」ということをテーマにしているわけですが、それを議論するためには、あまりよく知らない分野のデータも参照しながら考えざるを得ない。人口や農業生産高の推移といった数字を考えずに生環境を議論することはできないけれど、われわれは決してその専門家じゃないわけです。そういうときに、歴史学者の皆さんが大切にされているディシプリンみたいなものに相当するものをおそらくわれわれは持っていない。
つまり、データベースを見て、軽々にわかったつもりになっちゃいけない場面がたくさんあるし、安易な推測には慎重にならなければならない。しかしながら、やはり同時に、新しい成果に対して学問や研究としてどのように応答すべきかも問われている。お話を聞いていて、その辺の塩梅は非常に難しいと感じました。

中塚──私自身も、古代史なら古代史、中世史なら中世史と、それぞれの時代に向き合っている研究者たちが大事に思っている、人文学のディシプリンに対するリスペクトを強く持っているつもりです。ただ、お話を聞いていて、生環境構築史も含む多くのグローバル・ヒストリーと、私の研究や関心がやや異なるのは、タイムスケールの細かさであるように思いました。
私が見たいのは、長期スパンでの人類史の概観ではなく、各危機に対峙した往時の人たちによる意思決定の時代間・地域間での違いなんですね。気候変動が数十年ぐらいの時間スケールで起きれば、人類が困難に陥るということは、あらゆる時代において論理的にも実証的にもわかっています。それ自体を論証するのが目的なのではなく、危機に対して各時代や地域の人たちがどのように反応したのかを丁寧に明らかにしていき、それを時代や地域を越えて比べたい。グローバル・ヒストリーではなく、比較適応史(気候適応の比較史)をやりたいわけです。
そのためにも、あらゆる時代や地域の事例を集めたい。これまでは日本だけでしたが、研究を世界中に広げたいと考えています。「そんなことには、とても手がつけられない」と感じる歴史学者がほとんどですが、ヨーロッパに、非常に興味を持ってくれている研究者もいます。これからも、研究をより広く深く進めていきたいと考えています。

研究の今後とデータベースの広がり

伊藤──今号はデータベース特集ということで、加えてお聞きしておきたいのですが。作成されたデータベースは、一般に向けてどのように公開されていますか。

中塚──私の論文のwebサイト(https://doi.org/10.5194/cp-16-2153-2020)には、データベースへのアクセス方法を掲載していますので、誰でも利用が可能です(https://www.ncdc.noaa.gov/paleo/study/28832)。実際に、歴史学の方々にもダウンロードして使用いただいています。他にも、アメリカ海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration)にデータベースサイトがあって、私だけでなく、世界中の研究者が自分の論文のデータをそこに登録しています(https://www.ncei.noaa.gov/products/paleoclimatology)。さまざまな地域と時代において、さまざまな方法と解像度で復元された古気候データが充実しており、私たちのデータも見つけてもらいやすいと思います。


fig.5──中塚氏の論文のwebサイト(https://doi.org/10.5194/cp-16-2153-2020)


松田──1年という精度で、長大な時間の気候変動データーベースを整備してきたというだけでも非常に大変なお仕事ですが、中塚先生は、これからさらに海外の研究者も交えた学際的プロジェクトを展開しようとされています。そのモチベーションを支えているのは、やはり先述された比較適応史への想いでしょうか。

中塚──そうですね。「現在の問題を解決するために歴史に学ぶ」というと、非常に陳腐な言い方になってしまいますが、それをデータに基づき本質的な意味でやっていきたいと考えています。繰り返しになりますが、歴史を見ていくと、どんな時代にも類似した危機があります。しかし、危機を契機に新しい社会システムに変化していく時代もあれば、ただただ混乱のままの時代もあり、人類の振る舞いは時代や地域によって千差万別です。現代という、危機に直面した時代にいる私たちは、膨大な先行事例から教訓や知恵を無限に得られるはずです。
そのためには、やはり、さまざまな時代の歴史事象を細かく分析し、相互に比較するための理論的な枠組みが必要になる。1年単位で過去数千年分の気候変動のデータベースを作成できれば、おそらく同様の精度で農業生産力の変動データも導くことが可能になってきます。それらをベースにすれば、私が目指す比較適応史の研究も、実現できるのではと思います。

日埜──われわれの「生環境構築史」の枠組みからいえば、構築技術は、環境の変化と人口、そして技術が絡み合って展開しています。日本史でいえば、中世まではわりと停滞した状況だった中で、次第に農業や運搬の技術が変化し、経済が変化する。加えて貯蔵などの保存の手段が、特に近代において大きく変化する。それによって、レジリエンス、つまり外的な変化に対する備えや対応の考え方が変化してきました。そして、われわれのいる現在とは、それを最も深刻に考える必要がある、危機の時代なのだと思います。
もちろんその危機とは、史実と古環境や気候以外の複雑なパラメータが絡み合う中で起こることであり、ここから議論を広げていく必要があります。さまざまな分野の人が、それぞれの立場から同じ議論に参加していくことが展望される。中塚先生のご研究やお考えは、そのような場をつくった事例として貴重なものではないか、と今日のお話を聞いてあらためて思いました。



[2024年2月24日、オンラインにて収録]



なかつか・たけし
名古屋大学大学院環境学研究科教授:同位体地球化学、古気候学
Professor of Isotope Geochemistry and Paleoclimatology, Graduate School of Environmental Studies, Nagoya University
名古屋大学研究生院环境学研究科教授:同位素地球化学、古气候学

1963年奈良県生まれ。1986年京都大学理学部卒業。1991年名古屋大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。現在、名古屋大学大学院環境学研究科教授。博士(理学)。著書に『気候適応の日本史 人新世をのりこえる視点』(吉川弘文館、2022)、『酸素同位体比年輪年代法 先史・古代の暦年と天候を編む』(同成社、2021)。編著に『気候変動から読みなおす日本史(全6巻)』(臨川書店、2020~21)。



話者:
中塚武(同位体地球化学、古気候学|名古屋大学大学院)
-
司会:
日埜直彦(建築家|日埜建築設計事務所)
-
参加者(50音順):
伊藤孝(地質学・鉱床学・地学教育|茨城大学) 松田法子(建築史・都市史|京都府立大学)
-
テキスト作成:
贄川雪(編集者)


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地球を知るためのデータベース:土壌学
Database for Understanding the Earth: Soil Science
/了解地球的数据库:藤井一至、土壤科学
アンケート回答:藤井一至(国立研究開発法人)/Kazumichi Fujii, National Research and Development Agency/ 国家研究与发展局
特集:地球の見方・調べ方──地球を知るためのデータベース


プロットが取り結ぶ古代と現在──千年村候補地プロットの射程
Connecting Ancient and Present: Through Millennium Village Project
剧情贯通古今:千年村候选遗址剧情范围


中谷礼仁
Norihito Nakatani

協賛/SUPPORT サントリー文化財団(2020年度)、一般財団法人窓研究所 WINDOW RESEARCH INSTITUTE(2019〜2021年度)、公益財団法人ユニオン造形財団(2022年度〜)