生環境構築史

フィールド編 第1回

島根県海士町Ama-cho Shimane

フィールド・ノート

一千年以上持続してきた場所としての海士町

中谷礼仁(早稲田大学)



[2023.10.9 UPDATE]


去る2023年6月17日、島根県隠岐島の海士町町役場里山里海循環特命担当課が主催したフォーラムに参加しました。「島のエコロジーを〈つくる〉──食べるかたち・住むかたち」と題され、同地期の未来の資源循環の再構築を目的とするものでした。

海士町について

海士町は「地方創生のトップランナー」と謳われるほどの町です。その地域の魅力に移住者が増え、2009(平成21)年には日本で最も美しい村連合にも加盟しています。生きるためのいろいろなノウハウを開発・実践されており、特に現代を生き抜く地域経営については学ぶことはたくさんありそうでした。

このフォーラムでは生環境構築史の同人が招聘されました。私はそのメンバーでもありましたので参加しました。フォーラムの自己紹介では、それぞれが個別に行なってきたことを紹介して、地元からのコメント、意見をもらいつつ活発に論議をしようということになりました。報告者は、〈千年村〉プロジェクトのメンバーでもありましたから、海士町に千年村認証参加のお誘いをしました。〈千年村〉とは、千年を基準として、自然的社会的災害・変化を乗り越えて,生産と生活が存続してきた土地をさします。同プロジェクトはそのような生活環境として優れた地域を探し、訪問し、顕彰する活動をしています。

〈千年村〉探しの候補地として、古代地名の比定地を現在の地図にプロットして役立てています。たとえば平安時代の辞書『和名類聚抄』には約4,000もの郷名が記載されています。同プロジェクトでは、具体的な場所が特定できる1,977件の場所を2015年に地図上にプロットして公開しました。また別の古文書を用いて、さらにプロット作業は続けられています。この作業によって、従来の類似活動とは比較にならない多数の候補地の存在を明らかにしました。

報告について

「千年村」という言葉の響きも重要ですが、やはりその地域の良さを古代地名のプロットによって紹介することに、ひとりよがりではない客観的な裏付けがあること、これが〈千年村〉プロジェクトの方法論の大事な点だと改めて思いました。短い時間でしたがフォーラムでは認証〈千年村〉のメカニズムや千年村大会のことも報告し、使えるものはなんでも使っていただきたい精神で、認証〈千年村〉の輪に入っていただくことを提案して終わりました。

報告を終えて

会場の中から、海士町に〈千年村〉候補地が3つしかないのは疑わしい、個人的にはもっとたくさんの地域が千年村ではないかというコメントをいただきました。本当におっしゃる通りで、〈千年村〉候補地は単にひとつの記録に残っていた地点であり、優れた環境立地はそれ以上にたくさんあったでしょう。候補地は地域活性化の呼び水に過ぎず、重要なことはそこで生きる人々とその生活に依拠することです。

隠岐島島前三村における〈千年村〉候補地

本土から離れた日本海の島ですが、〈千年村〉候補地の存在とその立地は俄然目を引きました(あくまでも限定的な記録に基づくものです。優れた持続的環境は他にも多数あると思います)。

• 海士町

布施郷(和名類聚抄より)
海士郡布勢郷(島根県)

海部郷(同)
海士郡海部郷(島根県)

佐作郷(同)
海士郡佐作郷(島根県)

• 西ノ島町

知夫郡美田(日本荘園データベースより)
隠岐国知夫郡美多庄(荘園)

知夫郡宇賀牧(同)
隠岐国知夫郡宇賀牧(荘園)

• 知夫里島

知夫郡知布利(同)
隠岐国知夫郡知布利(荘園)

最後に

夕食時に島製の日本酒を振る舞われました。一般に島は水の確保が困難なところなので、蒸留酒である焼酎が多い傾向にあると思っていましたから、日本酒の存在には驚きました。ラベルを見て取水地に「天ノ川」と書いてありました。離島直前にレンタサイクルで1時間かけてその場所にたどりつきました。なだらかな山の姿と長い谷戸が続くおおらかな内陸部でした。水量が豊富に含まれていそうな麓にその湧き水がありました。今でも大事に管理されています。清冽な味がしました。天ノ川から中心部の役所までは低い山をひとつ越えることになります。山道を越えると人々の大地が広がります。道の脇にはおそらく古くからの人々の営みに似たパノラマが広がっていました。自分の体を使って大地をなぞることは地域をいろいろな感覚で理解することができます。水に会いに行ってよかったと思いました。


以下筆者撮影





なかたに・のりひと
1965年生まれ。歴史工学、建築史家。早稲田大学理工学術院教授。主な著書=『動く大地、住まいのかたち──プレート境界を旅する』(岩波書店、2017)、『未来のコミューン──家、家族、共存のかたち』(インスクリプト、2019)、『セヴェラルネス+(プラス)──事物連鎖と都市・建築・人間』(鹿島出版会、2011)、『実況・近代建築史講義』(インスクリプト、2020)、『実況・比較西洋建築史講義』(インスクリプト、2020)など。主な訳書=ジョージ・クブラー『時のかたち』(SD選書、2018)など。

協賛/SUPPORT サントリー文化財団(2020年度)、一般財団法人窓研究所 WINDOW RESEARCH INSTITUTE(2019〜2021年度)、公益財団法人ユニオン造形財団(2022年度〜)