生環境構築史

第1号  特集:SF生環境構築史大全 A Sci-Fi Guide to Habitat Building History 科幻生環境構築史大全

中国SF小説においての現実と非現実──「科幻現実主義」と劉慈欣の作品から語る

徐子【早稲田大学大学院】

Reality and Non-Reality in Chinese Science FictionZi Xu【Waseda University】

中国科幻小说中的现实和非现实: 从科幻现实主义作品和刘慈欣作品出发

Science fiction in China today can be divided into two categories. One is rooted in the earth, referring directly to the realities of contemporary China while the other looks beyond the earth towards the cosmos. The former variety works by way of realism, mimicking and amplifying life in contemporary Chinese cities, while the latter variety introduces us to a set of totally different universal principles. China’s reforms and sudden opening up to the world meant that the country had to compress three hundred years of industrialization into forty years. The most significant site where this change could be experienced was the city. Here, the overriding feeling was one of anxiety about urbanization and modernity, and Chinese science fiction writers seized on these anxieties and made them a core feature of their work. It can be said that the reality of contemporary China is more like science fiction than science fiction itself because the country’s rapid growth continuously opens new possibilities. Hao Jingfang’s Folding Beijing is, for instance, a work that re-casts the reality of Beijing as if it were a three-dimensional foldable object. Chen Qiufan’s The Waste Tide similarly amplifies the reality of modern urban China by compressing and mixing a variety of the country’s social conditions into one small piece of land.
On the other hand, the works of Liu Cixin represent a different approach where we as readers are taken beyond our current reality, to a cosmic landscape that functions according to principles totally different from our own universe. For example, his famous book, The Three-Body Problem, is set on a planet with three suns whose celestial paths create a chaotically brutal living environment for its inhabitants whose civilization is continuously interrupted by random natural catastrophes. His book, The Wandering Earth, tells a story where the planet is turned into a spaceship that is used to sail beyond the solar system before the sun explodes, highlighting the fact that Earth is a shared and finite resource. This is a different outlook that treats planet Earth as a consumable resource. He depicts each planet in the universe as a civilization instead of a constellation of nations. In The Dark Forest, the second book in The Three-Body Problem trilogy, the author offers two principles of cosmic civilization. First, living creatures and their civilization will attempt to survive and expand at a terrifyingly rapid pace. Second, resources within the universe are limited. The tension between these two principles, between the rapid expansion of humans and the finite nature of resources, sets the limits of the universe. However, the author Liu Cixin always leaves hope for survival. His work and the work of his contemporaries shows how Chinese science fiction is split between writers rooted in their homeland and writers looking towards the cosmos.
(Translation by Mimu Sakuma, Matthew Mullane)

はじめに

中国のSF小説は、紆余曲折の発展を経てきた。清末(20世紀の初頭)には海外からの渡来物としてSF小説が紹介され、その影響を受けて異なる社会形態を想像して描く作品が書かれはじめた。中華人民共和国建国以来、「SF小説の春」が起こった1980年代初頭まで、SF小説はおおむね科学知識の普及を主な目的とするものにとどまっていた。しかし90年代半ばになると、雑誌『科幻世界』に牽引されて、中国SF小説は再び活況を呈した。今では、現代中国「SFの四天王」として知られる劉慈欣(1963-)、王晋康(1948-)、何夕(1973-)、韓松(1984-)を中心とする「新生代」と、それに続いた陳楸帆(1981-)、江波(1978-)、郝景芳(1984-)など多くの若手作家らの「更新代」が活躍する状況にある。

2015年に劉慈欣『三体』(大森望ほか訳、早川書房、2019)、2016年に郝景芳『折りたたみ北京』(劉宇昆(ケン・リュウ)編、中原尚哉ほか訳、ハヤカワ文庫、2019)と連続して中国のSF小説がヒューゴー賞を受賞し、大きな話題になった。中国のSF小説は中国大衆に広く読まれるようになり、また世界的な認知も得た。日本でも、SF作家の劉宇昆(ケン・リュウ)がまとめた『折りたたみ北京』と『月の光』(大森望ほか訳、Kindle版、新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)、立原透耶がまとめた『時のきざはし』(新紀元社、2020)など、中国SFアンソロジーが出版されている。

現在の中国SF小説を大きく2つに分けて考えることができるだろう。ひとつは地球そのものに向かう方向、もうひとつは宇宙に向かう方向だ。この小論ではこの2方向に注目し、生環境構築の観点から中国SF作品を検討してみる。地球そのものに向かう方向は、「科幻現実主義」作品を代表とし、現代中国社会の現実を指向している。宇宙に向かう方向は、劉慈欣の作品を代表とし、人類全体に非現実ともいうべき物理を突きつけている。

SF中での現実

中国は1980年代に改革開放政策に転じ、国内の産業構造を大きく変化させ、外資による投資を受け入れながら、ようやく産業革命を成し遂げた。21世紀以降、中国経済はさらに世界に開放され、グローバル化に参入していった。いわば40年間で「構築3」を突き進め、その成果に弾みを得て「構築4」の可能性を求めているのが現状だ。欧米では300年かかったプロセスをこの40年のあいだに圧縮してやり遂げたわけだが、そこで起こった最大の変化は「都市」だった。町は次々に都市へ発展し、またなにもない平地に都市が忽然と現れた。だが同時に多くの社会問題がそれにともなって生じた。この急速な変化に翻弄される私たちは、一体どこにたどり着くのか。90年代半ば以降、こうした現代の状況からくる不安感が、中国SF作家のあいだで議論と批判を引き起こしていた。

まず大都市の現実を描く郝景芳の『折りたたみ北京』から見てみよう。この作品を特徴づけるのは、立体的に折りたたまれる都市という設定だ。労働力過剰を解決するために、「北京」は街を再構築し、都市空間を3層に分割した。社会階層に応じて人々は3層に別れて居住し、層ごとに異なる生活時間が割り当てられている。その生活時間ごとに空間層が順番に展開して人々はそのなかで生き、それ以外の時間は折りたたまれて休眠状態になる。交替時間になるたびに、建物と土地が全部回転する奇景を北京は呈する。空間層を作動させる具体的な操作や仕組みの描写はややあいまいだが、層ごとの異なる生活条件と、序列化された社会階層はいきいきと表現されている。とりわけ報酬格差、教育格差、労働条件や就労機会の格差などに関するディテールはほぼ写実的といっていい。

この壮大な「ジャイアントマシン」には、主に3つのポイントがある。その1、折りたたみ機構を実現するものとしての、高度に発達した技術。その2、莫大な建設資材と、それを輸送・供給するインフラとしての交通施設。その3、都市外部の村や町からこの都市内部に吸引されて、建設活動に従事する労働者。この三次元都市の超現実的な建設密度は、茫大な労働者の存在なしには考えられない。だがこの建設量と労働力のあいだには奇妙なジレンマがある。つまり建設量を増大させるために労働力がつぎ込まれるのだが、そもそも労働力の過剰こそが建設量の増大の原因なのだ。このジレンマは、まさに現実の中国の繁栄する大都市で広範に見られる現象に他ならない。『折りたたみ北京』と現実の唯一の違いは、折りたたみ技術の有無だけだ。文中の「北京」二文字を脇に置けば、いわば現実の中国の都市は無数の折りたたみ都市だといって過言ではない。

『折りたたみ北京』が現実の模写だとするなら、陳楸帆の『荒潮』(中原尚哉訳、早川書房、2019)は現実の増幅と見ることができる。作品の舞台は、技術が発達した近未来に電子ゴミリサイクルを専門とする中国南部の「シリコン島」だ。環境がひどく汚染されたこの島で、サイボーグ少女が率いる外来労働者の「ゴミ人」、地元の宗族、外国からの多国籍資本という3つの勢力の対立が描かれた。

「シリコン島」にも原型がある。すなわち作者の故郷である中国南部の沿海地域の潮汕に属する「貴嶼」だ★1。90年代以降、貴嶼は海外から持ち込まれる電子ゴミのリサイクルを開始し、汚染と過酷な労働に苦しむ「電子ゴミの都」★2になった。「シリコン島」には「構築3」前後の3つの時代が集約されている。1つめ、未来。ストーリーはハイテク産業がもたらす環境問題が深刻化した近未来に設定されている。2つめ、現代。潮汕は改革開放と経済発展の橋頭堡(きょうとうほ/最も前衛の砦の意)である。3つの勢力の対立関係もまた、実際にそこであった外来労働者、貴嶼の原住民、外資のしのぎ合いを反映している。3つめ、古代。古代からの伝統宗族観と民俗信仰は今でも潮汕地域に根強く、ストーリーはそれを誇張的に描いている。

このように、ハイテクの近未来、都市化の現代、封建の古代が作品のなかで混ざり合い、さらに増幅されて描かれる。新しいものはより未来的に、古いものはより歴史的に描かれている。この土地が経てきた歴史が引き延ばされ、また圧縮される。中国は、古代の息吹が消える前に産業革命に突入し、休む間もなく情報革命に向かった。ストーリーが描く近未来は近いうちに現実となるかもしれない。「シリコン島」では、ひとつの土地にさまざまな時代と社会状況が混在しているが、それ自体が現代中国の都市の現実の増幅といえるだろう。

『荒潮』が初版された2013年頃、貴嶼は汚染された生態環境に苛まれていたが、政府は2018年に外国廃棄物の輸入を禁止し★3、小説と同じ結末を迎えた。つまり、循環経済工業園の設立によって、「シリコン島」/貴嶼の問題は緩和された★4。まさにSFが現実そのものになったといえるだろう。だが結局は電子ゴミが劇的に増え続けるなら、いずれ次の「シリコン島」が再び現れるはずだ。現在の生産様式が変わらないかぎり、この作品が描く光景は依然として人類が直面する世界の現実にほかならない。

上記の2作を、中国の最新SF小説の一方の代表と見ることができる。それらは模写や増幅の方法で都市の現実を描いている。これら「科幻現実主義」★5と呼ばれる作品の共通点は、そのいかにもSF的な要素を脇においてみれば、中国の都市、村が近代化の過程で直面した現実の社会問題を描く核心的な意図がそこに現れている点にある。「当代中国の現実はSFよりもSFである」、これは近年盛り上がっている流行語である。この国の加速する現実はSF小説の構想にさらに多くの手掛かりを与えるだろう。

SF中での非現実

これに対して、劉慈欣の作中で現実はどう扱われているだろう。前記の社会問題に向かうSF作家の最新世代とは違い、彼は地上の現実にとらわれず、むしろ蒼穹(そうきゅう/青空の意)の外、即ち宇宙を想像することをより強く意識している。彼はSFの想像力を「凧」にたとえる。凧は糸で地面に繋がれているが、それでも天高く飛べるはずなのだ★6。彼は自分の作品を「非現実」と位置づけている。だから、多くの中国SF作品と違って、彼の作品のフィクション的な部分は非常にハードコアなものとなる。そして、人間の生存環境と宇宙のイメージを極端に作品のなかで展開し、壮大なヴィジョンが提示される。

まず、極端な生存環境が構想されている。

『三体』では、3つの太陽がある三体世界が描かれる。その惑星がめぐる3つの恒星の運行は、計算によって予測し難い天体力学の「三体問題」を構成する。このカオス的な太陽の動きのため、三体星の気候はデタラメに変動し、極寒と極暑が不定期にやってくる。三体人はこういう環境で生まれ、その文明は「恒紀元」の繁栄と「乱紀元」の破滅のあいだを往復しつづけている。作中で、三体の生環境は次のように大まかに説明されている。

過酷極まりないこの星の環境にさらされ、三体人は「乱紀元」を生き抜くため一時的な脱水能力を獲得し、生存のための進化を遂げた(構築0)。脱水した状態のからだ、脱水人を長く保存するため、「干倉」という巨大な石造建築を建造し、そこに脱水人を格納した(構築1)。社会形態は非常に強権的で、脱水と復元の判断をつかさどる指導者は巨大なピラミッド建築に住んでいる(構築2)。彼らはいずれにせよ三体人は三体星により滅亡する運命にあることを悟る。地球を侵略し、移住するため、極小のロボット、智子を搭載した探査船を太陽系に向けて送り出し、三体星からの脱出を彼らは目指す(構築3)。

3つの太陽を恐れる三体人は、人類が太陽を恐れていないことに驚く。劉慈欣の作品には、太陽への恐怖がしばしば見られる。三体の太陽のイメージとつながっているかどうかさだかではないが、太陽に関して古代中国の神話に「后羿射日」伝説がある。それによると、かつて空に10の太陽が同時にあった。大地が焦土になり、作物が成長できず、人々は苦しんでいた。そのとき、后羿という英雄が9つの太陽を射落し、1つだけを残した。こうして唯一の太陽が毎日東から昇り西に落ち、寒来暑往が定められ、生き物がようやく正常に生きられるようになった。そもそも太陽は地球環境形成の大きな原動力であり、巨大なエネルギーは脆弱な人体に温度と熱量をもたらすだけでなく、生環境の構成にも大きな影響を与える。規則正しい自然気候は、生きやすい生存環境をもたらす。逆も同様である。おそらく、不安定な太陽(人間が生き残ることが難しい環境を象徴する)への恐怖は、古くから人間の心に刻まれている。

劉慈欣「さまよえる地球」(阿部敦子訳『SFマガジン』2008年9月号、早川書房)は太陽の壊滅という極端な生存環境を舞台としている。この作品では、ヘリウムフラッシュによる太陽の爆発を前にして、逃げ出さなければならなくなった人間が、地上に1万台の巨大なエンジンをつくって、地球まるごとを宇宙船として太陽系外に向かう旅を開始する。地表はもはや居住不可能になり、人間は地下に移住する。地面に残されたのは、エンジンの燃料に変換される岩石を掘るための工業建物だけとなる。

地球が生存できなくなるという設定が似ている映画『インターステラー』(クリストファー・ノーラン、2014)でも、人間は地球を離れ、宇宙植民地を探す。だが『さまよえる地球』では、人間は地球を離れない。中国文化において「故郷は離れがたい」と言われることと関係があるのかもしれない。作中では、全人類の移住には膨大な資源量が必要で、宇宙に旅をするには、惑星規模の生態システムが必要であったと説明された。それは換言すれば、地球全体を消費可能な資源とみなす視点だろう。

そしてまた、極端な宇宙のイメージが描写される。

宇宙に目を向ける時、劉慈欣は国家や文明をそれぞれ描くのではなく、ある惑星の文明を宇宙に対するひとつの文明として描く。

『三体II:黒暗森林』(大森望ほか訳、早川書房、2020)では、「三体」シリーズの最悪な宇宙の状況を念頭において、宇宙文明の2つの公理が提起されている。公理1、生存は、文明の第一欲求である。公理2、文明はたえず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量はつねに一定である。これから2つの重要な定理が導きかれる。ひとつは猜疑連鎖である。見知らぬ文明の善悪を判断することは非常に難しいため、お互いの不信がつねに存在する。しかし少なくとも理論上、同類文明の差異は有効なコミュニケーションによって解消できる。もうひとつは技術爆発である。つまり弱い文明は、技術の爆発によって短期間で強力になる可能性がある。そこから黒暗森林理論が帰結する。

宇宙のイメージを想像するうえで、現実において唯一参照しうるのは人類文明の発展過程だけだ★7。したがって、「地球文明―宇宙」の関係は、「文明/国家―地球」の関係に類推されることになる。生環境の視点と組み合わせながら、次のように理解できるだろう。

人間が生き、暮らすことができる土地が地球に存在することがまずすべての前提となる(構築0)。さまざまな文明はそれぞれバラバラに離れて生まれた。生存はすべての文明の第一欲求であり、生存に必要な資源をその場で獲得した(構築1)。文明が発展していけば、より多くの資源が必要になる。より良い生存環境を得るために、その場でより多くの資源を獲得するだけでなく、文明は外部地域に拡張していく。文明が互いに接触するようになれば、資源をめぐる衝突が発生し、くわえてコミュニケーションには限界があったため、無数の文明が長い歴史のなかで滅亡した。たとえば、ヨーロッパ文明が新大陸に上陸したとき、戦争や疫病によって、そこで遭遇した同類文明は崩壊した★8。また文明発展の長い道のりのなかで産業革命後わずか300年で達成された急速な発展は、技術爆発の例となる★9。近現代史における国際情勢はますます複雑な状況を呈して(構築3)、現実版の黒暗森林威嚇として、冷戦体制下の核抑止力による緊張関係があった★10。

生命と文明の拡大は恐ろしいほど速く、この惑星の資源の総量は有限である。既存の物質資源と生産能力は現時点では維持可能だとしても、さらに加速すれば、限界を迎えるだろう。生存環境と宇宙のイメージに関する劉慈欣のビジョンは、その厳しい可能性を指し示している。しかしそれでも、彼の作品にはいつでも生きる望みがある。内側に向かって人類文明をひとつの全体として扱うか、あるいは外側の宇宙に向かって地球全体を資源として扱うか。どちらに向かうにせよ、来るべき酷薄な現実に対して、人が頑強に生き抜く姿が描かれている。

われわれ人間は、10の太陽の酷薄さすら生き抜いてきた。そして生まれて以来つねに死に追われているわれわれは、これからも生き残るとすれば、こういう生き抜く姿を維持しなければならないのだ。なぜか。『三体 III』での人間を見よう──三体人との平和で調和した仮象に耽溺し、生存を安易に手に入れようとした多数派は、結果的に、征服され、侵略され、生きる権利を奪われた★11。逆に生き残った少数者のほうは、愚かな間違いをしても、倫理観念が変わったとしても、無様な姿をさらしたとしても、酷薄な現実に目を背けず、ついに生き延びた。つまり安楽な現実は人間を堕落させ破滅に導く。死の脅威を忘れないこと。

おわりに

以上、当代中国SFの2つの方向を概観した。現実と非現実の両極端に向かい、それが同時並立的に存在しているのが現状だ。

最後に、両者を組み合わせた作品の例として同じく劉慈欣による『中国太陽』★12を見ておこう。気候を改善するための反射鏡を宇宙軌道に設置し、陽光を大地に照射する「中国太陽」を実現した中国が舞台となる。主人公は貧しい村から出発、鉱山で働き、小都市に赴き、その果てに大都市北京で彼は超高層ビルのカーテンウォールの掃除屋となる。そしてこの経験から、彼は宇宙空間の「中国太陽」を維持する反射鏡の掃除屋になる。その後、退役した「中国太陽」は宇宙船に改造され、主人公はそのパイロットになることを選択し、宇宙の奥深くに旅立つ。

地面から蒼穹へ、宇宙へ飛びながら、つねに大地に繋がる。主人公が旅立つのは、上記の凧の比喩と一致している。このストーリーは、中国の近現代の発展の暗喩でもあり、多くの中国SF作家の心の表現でもある。故郷に根ざし、宇宙への心を持つ。都市の現実と宇宙の非現実の結びつきは、いまの中国SF小説の原風景と見なすことができるだろう。




★1──中国語では、「シリコン島」と「貴嶼」の発音は似ている。
★2──https://baike.baidu.com/item/%E7%94%B5%E5%AD%90%E5%9E%83%E5%9C%BE%E4%B9%8B%E9%83%BD/1836257?fr=aladdin(2020年12月4日閲覧)
★3──http://www.xinhuanet.com/politics/2018-03/28/c_1122600242.htm?baike(2020年12月4日閲覧)
★4──陈楸帆.我们能否改变潮水的方向.荒潮.上海文艺出版社,2019:別冊3.
★5──「科幻現実主義」という言葉は、陳楸帆が星雲賞高峰論壇(2012)での発言における造語である。「時下においてSFは最大の現実主義である。SFは開放的な現実主義を通じ、想像力に窓を開け、主流文学が書かない現実を書くのだ」。陈楸帆.对“科幻现实主义”的再思考.名作欣赏,2013(28):38-39.
★6──インタビュー:劉慈欣、取材・文:樋口恭介「わたしたちは、宇宙を目指さなければならない」(『STUDIO VOICE』vol.415、インファス、2019)
★7──刘慈欣.黑暗森林猜想.最糟的宇宙,最好的地球.四川科学技术出版社,2015:307.
★8──刘慈欣.《三体》英文版后记.最糟的宇宙,最好的地球.四川科学技术出版社.2015:306.
★9──刘慈欣.三体Ⅱ.重庆出版社,2008:445.
★10──刘慈欣.三体Ⅲ.重庆出版社,2010:99.
★11──刘慈欣.三体Ⅲ.重庆出版社,2010:170.
★12──刘慈欣.中国太阳.刘慈欣作品精选:中国太阳.长江文艺出版社,2019:1-32.


じょ・し
早稲田大学大学院中谷礼仁建築史研究室博士課程。建築学専門。中国中央美術学院建築学科卒業、同大学院修士卒業。2018年「Post-Industrial H2O Wonderland」を「Infrastructural Territory - The Spatial Foundation of National Discourse」(OCAT上海館)に出展。



科幻小说在中国经历了断断续续的发展。最初是清末的舶来品,原生作品多是对于社会形态的想象。建国后至80年代初期的“科幻小说之春”之前,则以普及科学知识为主。最终在90年代中期,以杂志《科幻世界》为阵地,中国科幻再次复苏。此一代,前有被誉为中国当代科幻“四大天王”的刘慈欣(1963)、王晋康(1948)、何夕(1973)、韩松(1984),后有陈楸帆(1981)、江波(1978)、郝景芳(1984)等众多青年作家,被分别称为“新生代”和“更新代”。2015年《三体》和2016年《北京折叠》相继斩获雨果奖,引发爆点,既将科幻带到了国内普罗大众的面前,也将中国科幻带向了世界。

当今,中国的科幻可被分作两面,一面扎进大地,一面仰望苍穹。本文从这两个面向出发,尝试以生环境构筑的角度看待中国科幻作品。其中,扎进大地的那面,以科幻现实主义作品为代表,直指当代中国社会的现实;仰望苍穹的那面,以刘慈欣的作品为代表,想象着覆盖着全人类的非现实。

科幻中的现实

中国在80年代之后改革开放,产业转型升级,外来资本流入,终于开始了属于中国的工业革命。进入21世纪之后,更是尽力拥抱世界,尝试融入全球化。风风火火四十年间奔跑在构筑3,现在正兴冲冲地向着构筑4发掘而去。中国的现代化以四十年的时间压缩了欧美三百年的历程。这段时间,在这片大地上变化最大的应当要数城市了。小城镇纷纷进化成大城市,甚至平地上直接生出了城市。无疑,诸多相应的社会问题也随之而生。狂奔的尽头我们终将抵达何处——在90年代中期开始,对于现代性的焦虑便在中国SF作家中引发了讨论与批判。

在此,先从摹写大城市现实的作品,郝景芳的《北京折叠》★1开始。该作最精巧的构想在于其展示了一座可立体折叠的城市。“北京”为解决劳力过剩,吸纳工人进行改造,城市空间被划分为了三层。三层空间中的住民被相应分配了不同的生活时长。三层空间轮流展开、生活,处于非生活时间的空间则折叠起来进行休眠。每到分割时刻,全城的建筑、土地就会呈现一场折叠翻转的奇观。虽然对于三层空间之间具体的运作逻辑却略显含糊,但也淋漓表现了三种空间中的生活状态迥异、金字塔式的阶层固化分布状态。而文中提到的收入差距、儿童入学、劳动力就业等细节问题则近乎写实了。

且看这座精巧的“巨型机器”的建设本身,其中含有三点要素:其一,设定中高度发达的技术作为背景,给折叠提供可能性;其二,建造材料,兼之应有的作为基础设施的交通进行供给;其三是大量来自村镇的工人被虹吸进入城市,参与进建设活动中。这座三维城市超现实的建造密度,在一定程度上,正是由相当量的劳动者支撑起来的。而建造量与劳动者数量之间却呈现出了一种奇妙的相悖关系:本来为了引发建造量而主动大幅增加了劳动力数量,增加建造量却正是因为劳动力数量的过载。广泛来看,这种奇妙的关系普遍存在于每座蓬勃发展的大型城市中。与现实的不同之处只在于,文中把城市进行了三维折叠。如果将文中的“北京”二字去掉,应当能够看到无数个折叠城市正在这片大地上被建造着吧。

如果说《北京折叠》更倾向于对现实进行摹写,陈楸帆的《荒潮》★2则能被看作对现实的放大。故事发生在科技发达的近未来,中国南方的一座专门处理电子垃圾的小岛“硅屿”之上。在这座遭受严重环境污染的岛上,上演了一场由生化人少女带领外来劳工的“垃圾人”,与本地宗族势力、外来跨国资本三方势力的对抗与冲突。

“硅屿”在现实中有着创作原型,即作者的故乡、潮汕下属的贵屿★3。90年代后的贵屿镇开始处理来自海外的电子垃圾,乃至成为了“电子垃圾之都”★4,也因而饱受环境污染。“硅屿”上汇集了构筑3前后的三种时代。未来:故事将环境问题拉大,并放置到科技更发达的近未来;当代:潮汕正是迎接改革开放、经济发展的桥头堡之一。故事中的势力关系也观照着当地城市现代化进程中的外来劳工者、贵屿原住民、国外资本力量三方的博弈;古代:潮汕地区至今留存着来自古时的传统宗族观、民间信仰,在故事中也被进一步做了夸张处理。

如此,高科技的近未来、城市化的当代、封建的古代余韵被杂糅在一起。现实在这部科幻作中被放大,新型的更加未来,老旧的更加回去。时间轴先是被拉长,又在此处缩地成寸。中国在近几十年里度过了在古旧的气息未及散去的时候跨入了工业革命,现在又开始了信息革命,文中所展望的近未来仿佛变成了触手可及的现实。在这里,同一片土地上可以混生不同时代的社会状态,这种混生又何尝不是当代中国城市现实的一种放大。

直到本书初次出版的2013年,贵屿仍旧承受着恶劣的生态环境。但在2018年中国禁止进口外国垃圾之后★5,故事中的结局降临在了贵屿——通过建立循环经济工业园,硅屿/贵屿问题开始得以缓解★6。在此,科幻开始成为了现实。可另一方面,随着电子垃圾呈量级增长,迟早会出现下一个硅屿。现今的生产、消费形式不解决的话,归根结底,这依然是一个人类的世界性问题。

上述两作可以代表当下中国最新一批科幻的特点之一,通过摹写、放大的手法描写着城市的现实。这些被称为“科幻现实主义”★7作品的共同点是,如果去除其中的科幻成分去审视的话,可见其核心都在直指中国城市、城镇在现代化进程中社会面临的真实问题。“当代中国的现实比科幻更科幻”是一句经久不散的流行语。不得不说,这里的荒诞现实为科幻创作的提供了更多的可能性。

科幻中的非现实

刘慈欣作品中的现实性又如何呢?与上述专注于现实社会问题的最新一代科幻作家不同,刘慈欣相对较少局限于大地的现实,更加醉心于苍穹之外、即宇宙的想象。他将科幻的想象力比作风筝,虽然风筝线确实连接着现实的地面,另一端是应该能够高高飞起的★8。他将作品的目标定位于“非现实”。因而,与多数中国科幻作品区分开的一点,就在于其作品中想象的部分足够硬核。并且,他从不惮于将人类生存环境和宇宙图景置于极端的情况下去推想。

首先,关于极端生存环境的设想。

《三体》★9设想了存在三个太阳的三体世界。其所在的行星被三颗恒星所环绕。三颗恒星构成了不可解的“三体问题”。混乱的太阳运动使得三体星的气候变化不可预测,极寒和酷暑可能会随时降临。三体人诞生在这种环境中,文明在“恒纪元”的繁荣与“乱纪元”覆灭之间往复。就书中提到的信息来看,三体的生环境构筑可大概描述如下:

在这种极端严酷的初始环境下(构筑0),三体人进化出了脱水技能得以暂时躲过乱纪元,这成为了三体人能够存在的基础条件;为维持脱水人的保存状态,建造高大的石砌建筑“干仓”以集体储存脱水人(构筑1);社会形态维持在高度强权的体制,调度脱水或浸泡的上层居住在巨型金字塔中(构筑2);在拥有高度的科技水平,有能力制造智子、水滴之后计算出三体问题无解,于是尝试脱离三体星(构筑3)。最终选择侵略并移民地球。

畏惧着三个太阳的三体人惊讶于人类竟然不害怕太阳。实际上,刘慈欣的作品中对于太阳的恐惧并不少见。不知是否与三体的多个太阳存在关联,关于太阳,在古代中国神话中便有后羿射日的传说。古时天空中曾有十个太阳,焦土流火,草木不生,百姓苦不堪言。最终英雄后羿弯弓连射九日,只留一日高悬,东升西落,由此寒来暑往有定,万物生息有常,人们的生活方得以步入正轨。太阳作为地球环境形成的一大推手,巨大的能量既给脆弱的人类身体带来了温度、热量的荫庇,也对地球生环境的构成造成了巨大的影响。规律的自然气候能够带来易于驯服的生存环境,反之亦然。或许,对于不安定太阳(象征着人类难以生存的环境)的恐惧自古就根植在了人们心中。

太阳毁灭——《流浪地球》★10便设想了这样一种人类生存的极端环境。该作中,人类面临着太阳氦闪爆发的大灾变,不得不逃离太阳系。人类此时选择将地球整体作为飞船,在大陆上建造了一万台地球发动机驾驶地球,飞出太阳系。地表不再适宜居住,人类搬入地下。地上只留下工业建筑,用于挖掘岩石。岩石可作为发动机的燃料,以获取推力。

同样是星球变得不再宜居,不同于电影《星际穿越》中离开地球,寻找及建造宇宙殖民地,《流浪地球》中的人类选择决不离开地球。其中固然有中国文化中“故土难离”的因素,也一如文中所解释:人类全体迁移的话耗费资源过大,只有星球级规模的生态循环系统,才足以支持人类完成跨越星际的航行。换言之,本作将地球整个看作为一份可供消耗的资源。

接下来是关于极端宇宙图景的设想。

将目光投向宇宙,刘慈欣不描绘某个国家或某个地球文明的状态,而是将星球上的全部文明看作一个整体的形象,去推想宇宙图景。

《三体 II》★11中假设了最糟糕的宇宙图景,总结出两大宇宙文明公理。公理一:生存是文明的第一需要;公理二:文明不断增长和扩张,但宇宙中的物质总量保持不变。由此推导出两大重要概念。其一,“猜疑链”,由于陌生文明的善恶难以判断,因此互相猜疑是不可避免的。不过至少理论上,同类文明间的隔阂能够通过有效的交流消解;其二,“技术爆炸”,即弱小的文明可能因技术爆炸而在短时间内变得强大。由此,归结出了黑暗森林猜想。

推导宇宙文明图景,人类文明的发展原本就是唯一的参照物★12。因此,将“地球文明-宇宙”的关系类推为“单个人类文明/国家-地球”的关系,能够从地球上生环境的角度来结合解释:

前提是地球上存在人类能够繁衍、居住的土地(构筑0)。最初,文明散落地诞生在各片土地上,生存是每个文明的第一需要,生存所需的资源均来自大地(构筑1)。每前进一步就会需要获得更多资源。为了获得更好的生存环境,除了纵向攫取更多资源外,文明开始横向扩张。文明相遇时,物质资源和有效的交流都是有限的,早已有不计其数的文明被吞没在历史之中(构筑2)。例如人类登上新大陆时,使用战争、瘟疫毁灭陌生的同类文明★13。而相对人类文明发展的漫长历程,工业革命后仅三百年内的迅猛发展正是技术爆炸的一例★14。近现代国家间的交流与冲突也呈现出更加复杂的形势(构筑3),乃至出现过现实版的黑暗森林威慑,即冷战时期的核威慑★15。

生命和文明扩张的速度可谓是恐怖的。而另一方面,这颗星球上的资源总量是一定的。现有的物质资源、生产能力足够支撑,但是随着进一步的扩张,很可能达到极限。刘慈欣关于生存环境和宇宙图景的推想,便是对于此种严峻可能性的警示。尽管如此,他的作品中依然始终显露着一缕生机。向着外部,将地球资源视作整体,投向宇宙;或是向着内部,将人类文明视作整体。不管向着哪里,对于可能到来的残酷现实,他笔下的人类始终以顽强的姿态活着。

我们面对十个太阳之残酷都能生存下来。人类自诞生之初便一直被死亡所追逐,今后若要继续生存下去的话,也应当持有这种顽强的姿态吧。且看《三体Ⅲ》中的人类——他们耽于与三体人之间和谐友善的假象,将生存当作了唾手可得之物。继而被征服、被侵略,失去了生存的权利与尊严。反而是少数幸存者,即使或犯下愚蠢的错误,或改变了伦理观,但始终坚韧地直面残酷的现实,最终方得以留下人类的火种★16。沉溺于安乐的现实会带来毁灭,正可谓生于忧患而死于安乐。

结语

以上是关于中国当代科幻两个面向的概述。现实与非现实都在走向极致,共生在此。

最后,如果说有一部作品结合了两者的话,当属刘慈欣的《中国太阳》★17。为改善区域气候,中国推行了通过在太空轨道安装反射镜,以反射阳光的“中国太阳”工程。主人公启程于贫困的山村,下过矿井、进过城镇,后来成为了大城市北京的一名超高层建筑清洁工。因为这个经历,他得以进入太空,成为了一名维护太阳反射镜的清洁工。最终,退役的“中国太阳”被改造为宇宙帆船,主人公选择成为一名驾驶员,奔向宇宙深处。

从大地出发,向着苍穹,向着宇宙。主人公的旅程暗合了上文关于风筝的比喻。这既是对中国近现代发展历程的一种隐喻,也是表达了很多中国SF作家内心的职责——扎根故土,心向太空。城市的现实与太空的非现实的结合,可以被看作是中国当代科幻现有的一种状态。




★1──郝景芳.北京折叠.孤独深处.江苏凤凰文艺出版社,2016.
★2──陈楸帆.荒潮.上海文艺出版社,2019.
★3──陈楸帆.我们能否改变潮水的方向.荒潮.上海文艺出版社,2019:别册6.
★2──https://baike.baidu.com/item/%E7%94%B5%E5%AD%90%E5%9E%83%E5%9C%BE%E4%B9%8B%E9%83%BD/1836257?fr=aladdin(2020年9月26日阅览)
★5──★3──http://www.xinhuanet.com/politics/2018-03/28/c_1122600242.htm?baike(2020年9月26日阅览)
★6──陈楸帆.我们能否改变潮水的方向.荒潮.上海文艺出版社,2019:别册3.
★7──科幻现实主义,来自于陈楸帆2012年的星云奖科幻高峰论坛的发言,“科幻在当下,是最大的现实主义。科幻用开放性的现实主义,为想象力提供了一个窗口,去书写主流文学中没有书写的现实”。参见:陈楸帆.对“科幻现实主义”的再思考.名作欣赏,2013(28):38-39.
★8──樋口恭介. わたしたちは、宇宙を目指さなければならない。. STUDIO VOICE,2019, vol.415,9:60.
★9──刘慈欣.三体.重庆出版社,2008.
★10──刘慈欣.流浪地球.刘慈欣作品精选:中国太阳.长江文艺出版社,2019:103-134.
★11──刘慈欣.三体Ⅱ.重庆出版社,2008.
★12──刘慈欣.黑暗森林猜想.最糟的宇宙,最好的地球.四川科学技术出版社,2015:307.
★13──刘慈欣.《三体》英文版后记.最糟的宇宙,最好的地球.四川科学技术出版社,2015:306.
★14──刘慈欣.三体Ⅱ.重庆出版社,2008:445.
★15──刘慈欣.三体Ⅲ.重庆出版社,2010:99.
★16──刘慈欣.三体Ⅲ.重庆出版社,2010:170.
★17──刘慈欣.中国太阳.刘慈欣作品精选:中国太阳.长江文艺出版社,2019:1

Zi Xu
Nakatani-seminar Doctoral Program, Department of Architecture, Waseda University
Post-Industrial H2O Wonderland, Infrastructural Territory - The Spatial Foundation of National Discourse, OCAT Shanghai, 2018.

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