生環境構築史

第3号 

鋼の構築様式

中谷礼仁(文)+松田法子(図)【HBH同人】

Steel Construction Style GraphicsNorihito Nakatani+Noriko Matsuda【HBH Editors】

Iron ore, which had remained quiet as iron oxide for more than two billion years, began to be transformed into steel one after another at the dawn of the modern era. The emergence of steel, which can be mass-produced, is robust and resistant to bending and tugging, has changed everything about people’s lives. The range of dreams that could be imagined, not only on the surface of the earth but also underground and in space, expanded dramatically. And some of these dreams have already become reality. Let’s take a look at some of the things and events that have actually materialized or been envisioned in the minds of people who have acquired magical materials in the swirl of the trinity of industry, capital, and iron. 【仮】


【*****↑スライドショーになります*****】

 

1. 構築様式3の生環境像

構築様式3の本格的到来を強烈に示す建築構想図がある。ドイツ人建築家ミース・ファン・デル・ローエ(1886〜1969)が1921年に発表した「フリードリヒ通りのスカイスクレーパー」プロジェクトである。ガラスのカーテンウォールと鉄骨構造で構想されたこのプロジェクトは、デカルト座標空間をそのまま出現させたかのような、いわゆるユニバーサル・スペースの初めての具現化として歴史にその名を刻まれている。古ぼけた街並みのスカイラインを切り裂くそのスクレーパーは、瞬く間に世界中へ広がり定着するほどの力を持っていた。構築様式3と産業革命は大いに関係している。そしてモダニズム建築は、後述することになるが、産業革命による生産素材特有の性質に建築表現を合致させていこうとする美学として、産業革命以降の構築世界を強く表現している。それは近代兵器が大地に多くの傷跡を残した第一次世界大戦後より本格化した。その黎明期にもはやその最終完成形が彼によって提出されてしまったのだった。

彼の提案は、主要構造を支える中心部のエレベーターコア、鋼床と考えられるフラットなスラブ(床)、ガラスの壁(カーテンウォール)によって無柱空間を生み出し、それを敷地の形状に合わせて自由にアレンジし、上空に向かって反復しただけである。つまりこの方法のみで社会空間──生環境──はどこでも構築可能だというマニフェストでもあった。しかしこのプロジェクトには人間的事象としての「革命」を超えた不気味さがつきまとっている。それは普段あまり登場しないこのプロジェクトの立面図に表れている。その図面には産業革命後に登場した鉄鋼とガラスの素材特性だけがきわめて即物的に表されていた。よく見ると隅に蟻のように描かれた人物に対して、このプロジェクトでは従来の建築にこめられてきた装飾的細部(土台、ボディ、屋根など)が完全に捨象されていた。このガラスと鉄によって構成された異質のスケールを持つ即物は、人間を仲介して現れ、最終的に人間の位置付けを変更しようとする構築3世界の本質的啓示となったのであった[fig. 1]。




革命なった旧ソビエト連邦で、その6年後の1927年に若い建築家の卵、イワン・レオニドフ(1902〜59)が《レーニン研究所》と名付けた卒業設計を発表した。そのイメージは当時の雑誌に大々的に掲載され、破格の扱いを受けた。それはミースとは違った、鉄による生環境構築の姿を鮮烈に描いていた。同プロジェクトでは内部を水平・垂直にベルトコンベヤーが移動するロケットのようなプロポーションの図書館やガラスで構成された球体の大教室が計画された。宇宙的モチーフが込められたかのような、それら建築群は空中に浮遊するかのように上空で固定されていた。その固定は、ワイヤーを用いた引張力を緻密に相互作用させるものだった[fig. 2]。レオニドフの鉄の使い方は、これまで積むという圧縮力によって建築空間を作ってきた人類一般に対し、まるで帆船のような引っ張りによる空間構築を大胆に提案したのだった。彼のほかの作品にも、ひいては彼が属した芸術運動であるロシア構成主義にも、そこには宇宙に飛び立とうとするかのようなデザインの意志がある。1957年、宇宙開発の最初の一歩となった人工衛星スプートニク1号の造形は、レオニドフによる同案の球形教室に酷似している。



三角形のメタルフレームの立体格子によって構成するジオデシック・ドーム★1を発明したのがアメリカの発明家・建築家・文明論者であったバックミンスター・フラー(1895〜1983)であった。地球の有限性を認め世界資源の再配置を提唱した『宇宙船地球号』の著者でもあった彼は、1961年、《ニューヨーク計画》を発表した。これは膜のように超軽量化されたドームを用いてニューヨークの半分弱を人工環境化し閉じたエコロジーを構築しようとするものであった。またその延長線上に、半マイルの直径を持つ空中浮遊物体の可能性が提示された[fig. 3]。この完全に閉じた環境のエコロジーを目指した空間はその後の宇宙的計画や実験★2の強烈なアイコンとして存在している。

これらはみな、鋼鉄以来の高性能な鉄を構築の前提として構想されたものである。産業革命後の鉄生産が持った、伸長し、再生産し、複製し、軽量化された独自の構築上の性質が20世紀のヴィジョナリーの感覚を刺激し続けてきたのであった。さて、私たちはここまでどのようにして辿り着いたのだろう? 本論は特に鋼鉄による構築様式3の成立の経緯、そしてその世界像を素描しようとするものである。

鋼の構築様式
Steel Construction Style Graphics
中谷礼仁(文)+松田法子(図)/Norihito Nakatani+Noriko Matsuda
鋼の構築様式
Steel Construction Style Graphics
中谷礼仁(文)+松田法子(図)/Norihito Nakatani+Noriko Matsuda

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