第7号
特集:
地球の見方・調べ方──地球の中身と表面を捉える科学史 How We Investigate and Perceive the Earth — A History of the Study of the Surface and Internal Structure of Our Planet 观察和研究地球的新方法:关于地球表里的科学史
コラム1:先史時代の地球理解
岩田修二【東京都立大学名誉教授】
Column 1: Geographical Understanding in the Prehistoric AgeShuji Iwata【Professor Emeritus of Tokyo Metropolitan University】
专栏1:史前时代的地球认知
[2023.11.10 UPDATE]
1)地球表面へのヒトの拡散
進化の過程でいつから人類と呼ぶかに関しては諸説あるが、ここでは現生人類 (ヒト Homo sapiens sapiens)に限定する。30万年前にアフリカ中央部で誕生したヒトは20万年前ごろにはアフリカ大陸に拡散した。20〜15万年前にはアフリカ大陸から出てユーラシア大陸に拡散したが絶滅してしまった(第1次出アフリカ)。現在地球上に住むヒトの祖先がアフリカを出たのは7万年前である(第2次出アフリカ)。その後の拡散の過程は先史考古学とDNA解析によって詳細まで判明している[fig.1]。ヒトにとっては、地球はとてつもなく大きい。ヒトが地球をほぼ占拠するのにはおよそ7万年の時間を要した。第2次出アフリカで最初にアフリカを出た集団は紅海南端の海峡を渡り、アラビア半島の南岸から海岸沿いに移動し6万5千年前までにはオーストラリアにまで到達した。当時の海面は現在より数十メートルは低かったが渡るべき海域はいくつもあった。その後、5万年前には、多くの集団がスエズ地峡を通ってユーラシア大陸中緯度を東西に拡がった。東に向かった集団はヒマラヤ・チベットの北と南を通って中国や東南アジアまで達した。最終氷期極相期(2万年前)には、ユーラシア大陸の高緯度地方と南北アメリカ大陸を除く陸地はほとんどヒトの居住地となった。最終氷期が終わり完新世になると、ベーリンジアに足止めされていた集団はまたたく間にアメリカ大陸を南下し南端のフェゴ島にまで達した。オセアニアの島じまと北極海諸島やグリーンランドへの移住には時間がかかったが、1000年前までにヒトの地球表面への拡散は完了した。
ヒトの集団が移動する理由には次の三つが考えられる。①環境変化、集団間の対立などの不都合からのがれるため。②食料やより良い環境などに引き寄せられるため。③好奇心・冒険心などから、徘徊的・場当たり的に移動したくなるため。③の移動が②の移動のきっかけになったこともあっただろう。
最終氷期末にアメリカ大陸を急速に南下した集団は、狩猟対象の動物に引き寄せられて移動したと考えられているが、3300年前に東南アジアからポリネシアに出発した人びとの移動要因は何だったのだろうか。
2)地球環境への適応と環境の改変
アフリカを出て広大な大地や海域を移動する過程でもヒトの集団は変化(進化)し続けてきた。地理学ではこの変化を適応とよんでいる。移動先の環境に対応するように身体的にも文化的にも適応した。かれらは無人の大地を移動したとは限らない。ユーラシア大陸の中央部や西部にはネアンデルタール人やデニソワ人がすでに居住していた。ヒトはネアンデルタール人から寒冷環境に適応する技術を学んだと推定されている。文化的適応(文化変容)である。適応と同時に、ヒト集団は移動先の自然環境を改変し破壊した。狩猟によって多くの動物が絶滅した。狩猟のための火入れや、居住によって植生も変化した。地球環境の人為的改変はヒトの歴史の初期から始まっていたのである。3)先史時代の地球認識(地理的知識)
地球上の各地に拡散した時代のヒト集団はどのように地球環境や空間を認識していたのだろうか。考古学や文化人類学の調査によって、先史時代の人びとや文字を持たない民族がつくった地図が発見されている。このような地図は、文字による記録より古い最古の地域情報であり、人びとの環境認識を示すものである。最終氷期の旧石器時代の地図として有名なものには、ロシアや東欧のマンモスの牙に描かれた地図[fig.2-a,b]がある。これらには集落やまわりの地形が描かれていると解釈されている。完新世になって氷河後退後のアルプスの氷食岩盤に描かれたのは集落地図[fig.2-c,d]である。むかしからヒトが身近な生活空間を図的に表現していたことがわかる。民族学者は、マーシャル諸島の伝統的海図[fig.2-e]を報告している。いつ頃からこのような海図が使われ始めたのかは明らかではないが、1940年代まで実際に使われていた。これは航海を指揮する特別な人物によって占有されており、島民が誰でも使えるものではなかった。
このような実用的な地図のほかに世界観をしめす地図も古くから存在した。 粘土板に刻まれたバビロニアの世界図[fig.2-f]が有名である。このような円盤状の世界地図はインドでもつくられ(須弥山図)、中国経由で日本に伝わり江戸時代末まで使われた。
これらの地図によって、昔からヒトは身の回りから世界全体にいたるまでの地理的情報を把握・蓄積していたことがわかる。採集狩猟の時代から、農耕時代になっても、地球・地域環境に関する理解(地理的知識)は生きていくために不可欠な情報であった。
文献
篠田謙一 2009.DNA解析が解明する現生人類の起源と拡散.『地学雑誌』118(3)、311〜319頁.
篠田謙一 2022『人類の起源』中公新書.
西秋良宏 2020『アフリカからアジアへ──現生人類はどう拡散したか』朝日選書.
いわた・しゅうじ
1946年生まれ。東京都立大学名誉教授。専門は自然地理学。とくに氷河・周氷河地形学。日本アルプス,ヒマラヤ、中央アジア、南極がおもなフィールド。主な著書は『自然環境とのつきあい方 1 山とつきあう』(岩波書店、1997)、『氷河地形学』(東京大学出版会、2011)、『統合自然地理学』(東京大学出版会、2018)など。
- デカルトの‘テクトニクス’、キルヒャーの‘ジオシステム’──科学革命期の地球惑星認識
-
Cartesian ‘Tectonics’ and Kircherian ‘Geosystem’: A Vision to Geocosm in the Scientific Revolution
/笛卡尔的“构造学”、基歇尔的“地球系统”:科学革命时代的行星地球认知
山田俊弘/Toshihiro Yamada - 人類は地球表面をどのように理解してきたか
-
History of Geographical Understanding by Human Beings
/人类是如何理解地球表面的
岩田修二/Shuji Iwata - コラム1:先史時代の地球理解
-
Column 1: Geographical Understanding in the Prehistoric Age
/专栏1:史前时代的地球认知
[2023.11.10 UPDATE]
岩田修二/Shuji Iwata - コラム2:地球の形と空間スケール
-
Column 2: External Configuration and Spatial Scale of the Earth
/专栏2:地球的形状和空间尺度
[2023.11.10 UPDATE]
岩田修二/Shuji Iwata - 地質学の進歩から見た現代の地球観
-
Modern Views of the Earth Based on the Recent Development of Geological Sciences
/地质学发展下的现代地球观念
小川勇二郎/Yujiro Ogawa - 鉄鋼の生産と科学が生環境に何を及ぼしたか
-
How did Production and Science of Iron and Steel Influence Living Environment?
/钢铁生产和科学对生环境造成了怎样的影响
初山高仁/Takahito Hatsuyama
協賛/SUPPORT サントリー文化財団(2020年度)、一般財団法人窓研究所 WINDOW RESEARCH INSTITUTE(2019〜2021年度)、公益財団法人ユニオン造形財団(2022年度〜)