生環境構築史

第7号  特集:
地球の見方・調べ方──地球の中身と表面を捉える科学史 How We Investigate and Perceive the Earth — A History of the Study of the Surface and Internal Structure of Our Planet 观察和研究地球的新方法:关于地球表里的科学史

コラム2:地球の形と空間スケール

岩田修二【東京都立大学名誉教授】

Column 2: External Configuration and Spatial Scale of the EarthShuji Iwata【Professor Emeritus of Tokyo Metropolitan University】

专栏2:地球的形状和空间尺度


[2023.11.10 UPDATE]

複雑に入り組んだ地球表層の形態や現象を整理するためには、空間スケール(空間規模)の重要性を理解しておかねばならない。その例として、扱われる空間スケールの違いで地球の形の認識がどう変化したかを見ておこう。

地球の形は、古代ギリシャ時代から自然学の対象だったので、自然地理学に受け継がれて、20世紀前半までは、自然地理学の教科書の冒頭には地球に関する章があった。地球の形の認識史を知ることは、科学・技術史上の興味深い問題である。

    ① 球
すでに古代ギリシャ時代には、地球が球であることが認識されていた。エラトステネス(紀元前276〜196頃)は、エジプトのナイル川に沿って、河口のアレクサンドリアから北回帰線上の街シエナまでの距離(5,000スタジオン)と、両地点での夏至の南中時の太陽角度を測定し、これらの値から、球としたときの子午線に沿う地球全周を計算して、距離5,000スタジオン× (360°÷太陽角度差7°2′) = 25万スタジオン= 4万6,250 kmを得た。この値は、現在知られている値より16%大きい。

    ② 回転楕円体
17世紀になって学術の中心はフランスに移り、三角測量の原理と、その測角のためのセオドライト(経緯儀)が完成し、メートル法の制定のための地球の大きさの測定がおこなわれた。その過程で、場所によって緯度1度分の距離が異なることが明らかになった。高緯度の北欧ラップランドと低緯度の赤道アンデスのエクアドルでの測量結果から、地球は球ではなく、極端にいうとミカンのような回転楕円体であることが明らかになった。近年の測量結果である測地基準系1980の値では、赤道面での直径1万2,756 kmに対して極方向の直径は1万2,714 kmで、約42 kmの差がある[表1]。これは地球の直径の0.3%でしかないが、三角測量によって大縮尺の地図をつくるときには無視できない値になる。したがって、測地学では地球の形を回転楕円体(地球楕円体)と定義している。


表A──地球の大きさに関する基本的数値
(理科年表2011年版(東京天文台篇、丸善)やその他の資料による)



    ③ ジャガイモのような不規則形
1957年から打ち上げられ始めた多くの人工衛星の軌道が、予想されたものからずれていることが明らかになり、そのことから、人工衛星の軌道が示す地球表面の実際の形と回転楕円体とがずれていることが明らかになった。人工衛星は、地球表面の凹凸や地殻物質の反映である地球重力の影響を受けて飛んでおり、その軌道を精査することによって地球の表面の形を明らかにできる。地球は極端に誇張していうとジャガイモのような不規則な形をしており[fig.1]、回転楕円体とのズレは最大で±100 m程度である。これは地球の直径の0.0008%というわずかな差であるが、人工衛星の軌道のズレという観点では大きな距離である。


fig.1──NASAによる全球ジオイドモデル(重力から計算された地球形態)。回転楕円体WGS84からのずれが色で示されている。赤は出っ張り、青はへこんでいる
https://www。researchgate。net/figure/Geoid-height-computed-from-the-gravity-field-model-EGM2008-Pavlis-et-al-2012_fig1_256938953


    ④ 地球楕円体の国際統一
1980年代まで地球楕円体は大陸ごとに測定されていた。大洋を越えて測量する技術がなかったからである。したがって地球の座標系(経緯度)は大陸ごとにわずかにずれていた。GPS(全球測位システム)が一般化されるとこのずれが問題になった。国際線旅客機の自動操縦に支障が出るなどしたからである。そのため大陸間の距離測量が人工衛星を使っておこなわれ、回転楕円体の値が統一された。これによって各国の経緯度が訂正され世界共通の座標系になった。訂正の跡は国土地理院の地形図に残されている

    ⑤ 正しい地球の形とは
このように、地球の形は歴史的に、球、回転楕円体、ジャガイモのような不規則形というように変化してきた。「正しい地球の形は何か」と問われたらなんと答えればよいのだろうか。答えは「この三つのすべてが正解」となる。ただし見方や使う目的がちがえば、正解は変わる。直径1 mの地球では球、測地学では回転楕円体、人工衛星技術や重力研究ではジャガイモのような不規則形が正解となる。このように地球上に存在する現象は、取り扱う空間スケールや視点の位置によって様相(説明や定義も)が変化することがしばしばある。

地球表面の現象の理解には空間スケールを常に考えておかねばならない。



いわた・しゅうじ
1946年生まれ。東京都立大学名誉教授。専門は自然地理学。とくに氷河・周氷河地形学。日本アルプス,ヒマラヤ、中央アジア、南極がおもなフィールド。主な著書は『自然環境とのつきあい方 1 山とつきあう』(岩波書店、1997)、『氷河地形学』(東京大学出版会、2011)、『統合自然地理学』(東京大学出版会、2018)など。

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