生環境構築史

編集後記EDITORIAL POSTSCRIPT

青井哲人+藤井一至+松田法子【編集同人】

Akihito Aoi+Kazumichi Fujii+Noriko Matsuda【HBH editor】

福島の経験が生環境構築史の重要課題であることは、このプロジェクトが立ち上がった頃から中谷、松田と話し合っていた。世界の土を自らの手で確かめてきた稀代のフィールドワーカーであり、5億年の土と生き物のせめぎあいを描いている藤井一至が編集担当となり、「土」を特集のレンズとすることが最初に定まった。土と文明、内臓と微生物、食と庭を主題とする三部作をものしてきた地質学者デイビッド・モントゴメリーへのインタビューも決まった。生物学者で造園家、環境プランナーでもあるアン・ビクレーとともに、シアトルにいる彼ら夫妻と、日本の各地にいたわれわれとのオンライン・チャットが実現したのは幸いだった。
特集企画が難航したことを、編集後記としては書きとめておこう。構築3のモンスターとしての原発の事故が、環境構築の歴史的連続体としての場所の複雑な成り立ちに与えたインパクトを理解し、その先に構築4を展望しようとすれば、複雑多岐にわたる問題群が立ちはだかる。しかも、原発は原子の内奥を人為的に解放し、東京圏のメガロポリスやらグローバルな産業技術複合体やらの不可分の機械となることにおいて構築3なのだから、視点はミクロにもマクロにも広がっていく。それらに翻弄されて道を見失いがちだった企画は、結局、具体性ある記事の星座としてまとまっていった。とりわけ我々のオファーに応え重みある言葉の数々をくださった飯舘村の杉岡村長には感謝の言葉もない。
実現できなかったことは多々あり、それらは本特集の全体にわたり見え隠れするかすかな痕跡となっているのだが、それはともかく、本特集がひとつの多面体として、世界のさまざまな場所と人々の営み、そして今後も続く生環境構築史の各特集と、おもいがけない光の照射を繰り返してくれたらと願う。
(本特集担当・青井哲人)

英語では土を表す言葉にsoil、earth、dirtなどがある。一方、日本語に「土」の代わりになる言葉は思い浮かばない。その代わりに、土という一字に多くの意味を背負わせている。物質としての土、土地、大地、風土、文化的土壌のように培地と同義で使うことまである。土の物質としての理解は共通だったとしても、土という言葉から浮かべる景色はみな同じではない。せめて物質としての定義は共通認識を持つ必要があるだろう。
福島事故で発生した汚染土について、思い浮かべる景色は共通している。しかし、被害者、加害者、外部者という立場が違えば、「土」に対する価値観も多様ななかで、政治として共通認識を持つことを求める難しさ、諸刃の剣としての科学の責任を考えさせられた。
モントゴメリー、ビクレー両氏へのインタビューでは、土を持続的に利用するために「経済と生態系の原則が真に両立すること」の重要性を確認した。これが現状の希望である。しかし、持続可能な発展は外部者の常套句だ。本当に実現しうるのか、その先に資源を持たない人々の生きる権利が奪われることはないのか。聞こえの良い言葉の持つ残酷さについても考えていく必要があると感じた。
(本特集担当・藤井一至)

土とヒトの関係は、地球とヒトの関係によく重なる。地球上に人間が展開してきた構築様式1~3の階梯は、ほぼそっくりそのまま、土においても当てはまる。
土から生まれた多様な産物を発見して摂取し(構築1)、次には土の生産力にもとづいて地表を分割、それらを所有、侵略、支配して産物を交換・集積し、作物のモノカルチャー化と量産を進めた(構築2)。農薬や化学肥料の導入、さらには作物の遺伝子組み換えや種子の統制など、土とその産物の化学的つくり替えと、植物工場のように土壌環境全体の人工化を通じた作物の高度な商品化(構築3)。そこには土から離脱しようとする未来も見え隠れする。
こうした歴史において生環境構築史では、土という生気的なメカニズムの総体を確認することと、複合的な存在である土との関係を豊かにつくりなおすための思考と実践について検討することが重要だと考えた。
土は確実に、構築4への希望を検証するひとつの現場になるだろう。
汲み尽くされない地表を実現する。そのための、土という循環運動にこそ加わろうとする意思は、構築4世界探索の足取りに伴走するはずだ。
(本特集担当・松田法子)



[2021.3.4 UPDATE]
序論:生環境構築史からみる土
Introduction: Soil from the Perspective of Habitat Building History
/序論:土壤──由生環境構築史的觀點
藤井一至/Kazumichi Fujii
巻頭チャット:文明、内臓、庭
Opening chat: Civilization, Gut and Garden
/卷頭聊聊:文明、腸道、庭院
アン・ビクレー+デイビッド・モントゴメリー/Anne Biklé + David Montgomery
福島の地質と生環境──岩に刻まれた祈りの世界
Geology and the Human Habitat of Fukushima: Prayer Carved into Rocks
/福島的地質和生環境 ― 刻印在岩石的祈禱世界
蟹澤聰史/Satoshi Kanisawa
福島原発事故──土からみた10年
Fukushima Nuclear Accident: Ten Years seen from the Soil
/福島核災 ― 由土壤看這十年
溝口勝/Masaru Mizoguchi
放射能災害のなかで動く「土」──土の除却と再利用をめぐって、飯舘村長に聞く
Soil in the midst of a radioactive disaster: An interview with the mayor of Iitate Village of Fukushima on the removal and reuse of soil
/核災中的〈土〉 ― 飯館村村長談土壤清除和再利用問題
杉岡誠/Makoto Sugioka
土なし農業のゆくえ
Consequence of Soilless Gardening
/無土農業的未來
小塩海平/Kaihei Koshio
大地を多重化する──エネルギーシフトと台湾の風景
Multiplexing the Land: Energy Shift and Taiwan’s Landscape
/土地的多元化使用:能源轉型和台灣的地景
洪申翰/Sheng-Han Hong
土の思想をめぐる考察──脱農本主義的なエコロジーのために
On the Idea of Soil: Towards a De-Agrarian Ecology
/土壤思想的論考──去農本主義的生態論
藤原辰史/Tatsushi Fujihara

協賛/SUPPORT サントリー文化財団(2020年度)、一般財団法人窓研究所 WINDOW RESEARCH INSTITUTE(2019〜2021年度)、公益財団法人ユニオン造形財団(2022年度〜)