生環境構築史

連載

鏡の日本列島5:「お国柄」を決めるもうひとつの水

伊藤孝【HBH同人】

Mirrored Japan 05: Water from deep determined the characteristics of the Japanese archipelagoTakashi Ito【HBH editor】

镜中的日本列岛5:决定列岛特征的深层之水

Why are there 111 active volcanoes in the Japanese archipelago? In fact, the water released from the oceanic plate that has subducted from the trench plays a major role.
Oceanic plates are formed at ridges, move on the ocean floor, and take in water in various ways before subducting at trenches. The types of water contained in subducting oceanic plates can be classified into three categories: 1) water entrained by hydrothermal alteration near ocean ridges, 2) water trapped by sediments as the plate moved across the ocean floor, and 3) water entering through fissures in the outer ridge and reacting with rock. These waters are expelled at various depths as the oceanic plate subducts from the trench and the temperature and pressure gradually rise.
The water released at a depth of 80-100km or more has an unexpected function. The presence of water in the mantle causes rocks to begin to melt under conditions of temperature and pressure where rocks do not melt in water-free environments. The melt rises and gathers, forming a magma chamber near the crust-mantle boundary. Eventually, some magma rises further from the magma chamber, and what appears on the surface becomes a volcano.
Thus, water supplied deep underground by subducting oceanic plates helps dissolve rocks in the mantle. There are 111 active volcanoes in the Japanese archipelago. This is not because the temperature is higher in the deep underground of the Japanese archipelago than elsewhere, but because there is an abundance of water there. The water carried deep underground by the subducting plate destined the Japanese archipelago as an archipelago of volcanoes.


[2022.11.4 UPDATE]

はじめに

名作、古典といわれる作品には、最初の一文が印象的なものが多い。『方丈記』もそのひとつで、「行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」★1には、自然科学を専門とする多くの研究者がしびれている。ここでは字面通り解釈するとして、なぜ川の流れは絶えず、もとの水ではないのかというと、まず水が豊富だから。日本の年平均降水量は世界平均よりも多い。そして、降水が特定の時期だけに集中しすぎず、雨量が少ない季節でもいくばくかの雨が降り、かつ保水力のある森があり、傾斜もある、ということで、目の前の水が流れてしまっても後から後から続くのだ。鴨長明が、乾季は涸れ川が目立つ土地で『方丈記』を書かざるをえなかった場合は、まったく別の書き出しで、時の移ろい、不変に見えつつも物質は刻々と入れ替わる様を表現せねばならなかったろう。
このように豊富で、温かい季節に沢山もたらされる雨水は、日本列島を緑豊かな景観に保ち、まさに列島の大きな特徴を支える背景となっている。

しかし、ここではあえて、別の水を扱ってみたい。じつはこのもうひとつの水は、あまり目立たずひっそりとした存在であり、古典の書き出しにも採用されていない。だが、この水こそが、「火の国」と称される日本列島の性格を決定づけているものだ[fig. 1]。今回は、このもうひとつの水についてみていきたい。


fig. 1──「火の国」日本列島を代表する火山・富士山。八ヶ岳からの眺め。
引用出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)、Mt.Fuji from Mt.Yatsugatake 01.jpg、投稿者:Σ64

水のしるし

利き酒ならぬ「利き水」ができる人がいるらしい。私はまったく自信がないが、そこで判断材料とするのは、水の香りや味と想像する。すなわち、水に溶けている化合物やいわゆるミネラル分の質と量だろう。要するに、H2Oそのものの違いではなく、H2Oに溶けている化合物やイオンを敏感に感じとっているわけだ。でも実際は、利き水の達人たちが注意を払わないH2Oそのものにもしっかりと「しるし」がついている。

話が突然「理系的」(?)になって恐縮だが、水(H2O)は水素と酸素からなりそれぞれ安定同位体が存在している★2。天然では質量数1の水素(1H)がほとんどを占めるが2のもの(2HもしくはDと表記)もわずかに存在している。酸素も通常は、質量数16(16O)であるが18のもの(18O)もわずかにある。

したがって水という分子で考えると、ほとんどすべての水が1H216Oであるが、まれに、1HD16Oや1H218Oも存在することになる★3。H2O分を足し算をすると、通常の水(1H216O)は分子量が1+1+16=18。酸素が質量数18の重い元素からなる水(1H218O)では1+1+18=20だ。両者を比較すると、後者が11%も重くなっていることがわかる。人間、突如として体重が11%増えるとどうなるだろう。体重50kgの人が6kgの荷を背負って丸一日行動することを想像してみるとよい。座った状態から立ち上がるのがおっくうになる。歩いていてタクシーを見つけたらすぐ拾いたくなる。

水も一緒である。重い水は蒸発したがらない。重い腰をあげて蒸発し水蒸気になっていたとしても、すぐ凝結して液体の水になりたがる。地球表層の水は蒸発や凝結を繰り返しつつ循環しているので、絶えず、この自らの重さ、体重ならぬ「水重」の影響を受けている。

地球表層の水を、今述べた酸素と水素の同位体組成によって整理すると[fig. 2]のようになる★4。これは1961年出版の古典的な論文中の図であるが、さまざまな場所からの雨水や雪、そして「かつて雨水だった」河川水、湖水などの分析値をプロットするとみごとな一直線に載ってしまうことを示した記念碑的な論文である。この直線は、その由来ゆえ、天水線と呼ばれている★5。


fig. 2──世界各地の河川水、湖水、雨水、雪、海水の酸素・水素同位体組成。
Craig (1961)の図を酒井+松久(1996)が修正したものを引用。
引用出典=酒井均+松久幸敬『安定同位体地球化学』(東京大学出版会、1996)403頁


この図では、標準平均海水(SMOW)を基準として、それからのズレの千分率で表現されたものである。実際の海水は、極端な状況下にあるもの(たとえば氷床が溶けた水が流れ込む海域、極端に乾燥している海域など)を除き、かなり均質な値をもっている。一方、地球表層の水のうちわずか3%たらずの海水以外の水は、じつにバラエティに富む値を持っていることになる。しかし、この図全体にバラバラと分布することはなく、基本的にはひとつの線上に分布しているわけだ。鴨長明が日野の草庵から西に拝んでいた宇治川の流れもこの天水線上にプロットされる。この図ひとつで、地球表層のさまざまな水を表現できるのだ。

御利益のある水・ない水?

曾良の旅日記に基づくと、『おくのほそ道』の旅の期間中、芭蕉は温泉を除けば3度しか風呂に入っていないらしい★6。約5カ月間の旅である。単純に現在の生活様式や衛生観と照らし合わせてしまうとびっくりしてしまう。もちろん、宿に着いてから足を洗い、口をすすぎ、井戸端で身体を拭ったであろう。この時代、風呂は現在のような湯船ではなく、まだ蒸し風呂が一般的であった★7。それでも、石炭・石油などの化石燃料を利用していない時代、薪がいかに貴重品だったかがわかる。17世紀中盤には日本の森林は疲弊し、四老中連名の「諸国山川掟」により森林の乱開発が禁じられ植林が推奨されるほどだった★8。しかし、地面から勝手に湯が湧いて出てくる温泉ならば心おきなく入れた。芭蕉は、この旅の終盤、山中温泉で8泊して、湯を満喫し旅の疲れを癒やしている★9。

ここで、一般的な温泉のでき方を考えてみたい。温泉のでき方を示した模式図[fig. 3]を見てほしい。この図が「一般的な温泉のでき方」として許されていることを見ると、温泉水の水そのものの起源は空から降ってきた雨水であることがわかる。雨水が大地の割れ目を通して地下深部に染み込んでいき、貯留層に貯えられる。そこで、マグマ溜まりもしくは高温の岩体によって温められ地上に戻ってきたのが温泉である。そのため、温泉水も「かつて雨水だった水」なので、先に示した酸素―水素同位体図上では天水線上にプロットされる。たとえば、地獄めぐりで有名な別府温泉も、天水線に載ってしまう[fig. 4]。残念ながら、というべきか、ほとんどの温泉を構成する水はもともとは雨水なのだ。もちろん、それが地中に染み込んで行き、温められる際に、いろいろな溶存成分を取り込んで戻ってくるため、さまざまな種類の温泉ができあがる。


fig. 3──一般的な温泉のでき方。
引用出典=白水晴雄『温泉のはなし』(技報堂出版、1994)201頁




fig. 4──別府・九重などの温泉水の酸素―水素同位体組成。
引用出典=別府温泉地学博物館ホームページ
https://www.beppumuseum.jp/jiten/tensuinoanteidoitaihi.html


しかし、別な湯もある。有馬の湯は、江戸時代には温泉番付最高位であり、日本列島でもっとも有名な温泉のひとつであるが、その成り立ちの科学的な解明は容易ではなかった。塩濃度が高く、海水との関連が想起されてしまうが、先の酸素─水素同位体の目で見るとまったく別の景色が見えてくる。ほとんどの試料が天水線から大きく右側に外れて、有馬の湯をかたちづくる水は、通常の地球表層の水ではないことがわかる[fig. 5]。もし割れ目から海水が地下に入り込み温められたものであるならば、天水線上のどこかと海水をつなぐ直線上にプロットされることになるが、それともまったく異なる。有馬の湯は「雨水や海水の温め直し」ではなくて、まったく異なる起源をもっているらしい。さて、その水はどこから来たのだろうか?


fig. 5──有馬温泉の酸素―水素同位体組成。

もうひとつの水の正体

先ほどまで、「もうひとつの水」と呼んできた水はプレートと関連している。

プレートは海嶺で作られ、海洋底を移動し、海溝で沈み込むまでに、さまざまな場面・かたちで水を取り込んでいる[fig. 6-A、B]。細分すると以下の3つがある。たとえば、プレートができたばかりの頃、海嶺付近の熱水変質で水が取り込まれている[fig. 6-B]★10。熱水変質というのは聴き慣れない言葉と思うが、海嶺の直下で起こっている海水と岩石の反応だ。熱源は、マグマ溜まりである。この熱水変質の過程で海水を作っていた水(H2O)の一部がOHとなって鉱物中に取り込まれる。また、海嶺から離れた海洋底では低温型の変質も起こる。ここでは、これら変質で取り込まれた水をまとめてAの水と呼ぼう。


fig. 6──海洋プレートへの水の取り込まれ方・放出のされ方
Rüpke, L., Phipps Morgan, J., & Eaby Dixon, J. (2006). Implications of Subduction Rehydration for Earth's Deep Water Cycle. Earth's Deep Water Cycle, 168, 263-276のPlate 1を一部修正。
Aは海洋プレートの全体像,Bは海嶺付近から深海底にかけて拡大したもの。海嶺付近では高温の熱水変質が,また海嶺から離れた深海底では低温の変質が起こり,海水の一部が海洋地殻に取り込まれる。




fig. 7──地下深部で放出された水によりマグマが作られる様子。佐野貴司+長谷中利昭+三好雅也「総論──島弧火山への沈み込んだスラブの影響」(『月刊地球』40(4)、海洋出版、2018、199〜209頁)より引用。ここではTatsumi (1989)のモデルを示した。温度が1,000℃以下の低温部(図中の「前弧地域」)で放出された水は,マグマを作らず有馬型温泉のもととなる。



もっと単純なものもある。プレートが海洋底を移動するあいだ中、徐々に堆積物を溜めていくが、そのなかにはたっぷりと海水が含まれている[fig. 6-Aの緑色の部分]★11。このBの水はイメージがしやすいかもしれない。

そして最後、Cの水。海嶺でプレートが作られてから何百万年〜何千万年、場合によっては、1億年以上経過したのち海溝で沈み込むという段になって、プレートは曲げられる。融通が利かない固い岩石の板を無理に曲げるわけなので亀裂が入る。その割れ目から海水が深部まで浸透・反応し、マントル上部の岩石が水酸基(OH)を含んだ岩石に変質されてしまう★12[fig. 6-Aの黄色の部分]。

このように、種々のからくりでプレートに水が取り込まれる。また、プレートに取り込まれた水の存在形態も、H2Oという単位を保っているもの、分解・反応し水酸基(OH)というかたちで鉱物に取り込まれているものとさまざまである。

そして、ついに海溝からプレートが沈み込んでいくと、その深さに応じて圧力が上がっていく。また、温度も上昇していく。その過程ではまず、堆積物の砂や泥の間に含まれていたH2Oという単位を維持していた水(Bの水)が物理的に絞りだされる。粘土鉱物の層間にあった水(Bの水)が排出される。やがて、水酸基として岩石に取り込まれていた水(AやCの水)が排出される。そのように、さまざまなかたちで取り込まれていた水が、今度は、様々な深度で順に吐き出されていく[figs. 6, 7]。
このうち、一度、鉱物の一部に水酸基として取り込まれ吐き出された水、すなわちAやCの水は、もはやfig. 2で示した天水線には乗らない。fig.5に示した天水線から大きく外れた有馬の湯は、沈み込むプレートによって運び込まれ、地の底で放出された水なのだ。

日本列島に活火山が存在する背景

有馬の湯のように、プレートとともに沈み込んだ水が放出され、温泉水の一部になるだけなら、まったく問題ない。むしろ大歓迎である。しかし、残念ながらというべきか、プレートとともに沈み込んだ水の影響はそれに留まらない。むしろ、温泉水となること以外のほうが影響大である。

この地下深くで放出された水は意外な働きをしている。ある地球深部の温度と圧力の条件は、本来、マントルを作る岩石が溶け始めるようなものではないのだが、そこに水が加わることでガラッと環境がかわってしまう。例えば、地下100kmにおいて、水がない状態では1,500℃ぐらいで岩石が溶け始めるが、水があるとそれより500℃も低い条件で岩石が溶けはじめる【コラム】。そして、この水の正体こそが、これまで述べてきた「もうひとつの水」だ。

生じたマグマは、一般に周囲の岩石よりも密度が小さいので、浮力により上昇していき、マグマ溜まりを作る。やがて、マグマ溜まりからさらにマグマが上昇するものがあり、それが地表に現れたものが火山となる[fig. 7]。

現在、気象庁による定義では、日本列島には111個の活火山が分布しているが[fig. 8]、それは日本列島の地下深部がほかの場所よりも温度が高いからではなく、そこに水が豊富に存在しているからである。日本列島だけではない。学校で「環太平洋火山帯」という言葉を習ったかもしれないが、この火山帯は沈み込んだプレートから放出された水により作られたものだ。中国の五行説では水と火は相克の関係にあるが、プレートが地下に運び込んだ水は、火を生んでいることになる。


fig. 8──日本列島とその周辺の活火山の分布。
地質図Naviで過去1万年以内に活動した火山を表示。背景は地理院地図色別標高図grayを使用。


先ほど述べたように、有馬温泉の直下でも沈み込んだフィリピン海プレートから水は放出されている。しかし、沈み込み角度が小さいため、有馬の直下では、沈み込んだプレートの上面はまだ深さ60〜70kmにしか達していない[fig. 9]。これではいくら水が豊富な環境であっても温度が低く岩石は溶けはじめない。結果、マグマに代わって地表にもたらされたものは沈み込んだプレートが放出した水が地熱で温められた温泉水である[fig. 7]。
私は、良いのか悪いのか、このことを学んだあとで有馬温泉に行くことになった知識先行型であった。有馬の湯は、古く『日本書記』にその名が見られ、舒明天皇★13や豊臣秀吉などの著名人はもとより、多くの日本人に愛されてきた★14。プレート起源の水が多くを占めるというその尋常ではない成り立ちを肌で感じ取っていたのだろうか。


fig. 9──西南日本における沈み込んだフィリピン海プレート上面の深度分布。
引用出典=地質図Navi
有馬温泉の直下では沈み込んだプレートが約60kmにしか達していないことがわかる。これでは温度が低すぎてプレートから放出された水が火山を作れない。

おわりに

海溝からの沈み込みにより地下へと運ばれたプレートから解き放たれた水は、思いのほか、重要な役割を担っていた。地下80〜100km以深で放出された水はマントルの場の環境を一変させ、その一部を溶かし、周辺より密度の小さいマグマをせっせと生産していたのだ。それはやがて上昇し、マグマ溜まりをつくる。密度が大きなものから小さなものが作られたので、嵩(かさ)が増す。見かけ上「岩石が増えた」ことになる。火山が分布する列島が成長する要因のひとつである★15。

浅いところへと移動したマグマ溜まりは、周辺よりも高温な場を提供していることになる。それが温泉をつくる熱源になる[fig. 3]。割れ目から染み込んだ雨水を温め★16、多様な温泉を生み出し続ける。これらは、古くからわれわれの身体を温め、清めてくれていた[fig. 10]。

そしてなにより、煩悩の数を超える111個もの活火山の源となり、日本列島を火山が分布する列島として運命づけた[figs. 8, 11]。




fig. 10──地獄谷温泉の小猿。
引用出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Baby_snowmonkey.jpg




fig. 11──桜島の噴火の様子。
引用出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sakurajima_eruptions_8_Dec._2014,_JST_13-45-34.JPG


これらはまさにわれわれが、「日本列島の特徴」、はては「日本的なもの」と理解しているものの基礎ではないのか。現在日本にある34の国立公園のうち、活火山も温泉もないものはいくつあるだろう? 火山灰をまったく含まない畑の土はどれくらいあるだろう? 風景を描いた浮世絵から富士山を消したらどうなるだろう?

沈み込んだプレートから解き放たれた水は、日本が火山列島となる直接的な背景となっていた。川の水が涸れないことからもわかるように、空から降ってくる雨も多い。上からも下からも豊富な水が供給される「水の恵みの列島」であり、見方を変えれば「水攻めが運命づけられた列島」でもある。

孫子の兵法では、「水攻めは敵軍を分断することはできても、敵軍の戦力を奪い去ることはできない」★17ということになっている。もし、孫子の水攻めの項が軍だけでなく、列島の特徴にまで適用することが可とされるなら、列島としてひとつにまとまることは難しく、互いに分断されることが定めなのだろう。ならば、これに目をつぶってしまったり、無駄にあらがったりせず、個性として生かしてはどうだろう。この連載の最終的な目標は、列島の使い方を見直すことにある。誤解を招きそうで、順を追った説明が必要であるが、「分断」が運命づけられた列島、という割り切りをスタート地点に据えることは大切かもしれない。

■謝辞
本稿執筆に当たり、JSPS科研費17H02008の一部を使用した。また、神奈川県温泉地学研究所の萬年一剛氏には原稿を確認頂いた。記して謝意を表する。



【コラム】

少しお勉強的になるが、ここでマントルにおける岩石の溶け方を整理してみよう。fig. Aは高校の地学教科書にも必ず出てくる図である。縦軸は深さで下へいくほど深さが増す。圧力と読み替えてもよい。下へいくほど圧力が大きくなる。そして横軸は温度で、右にいくほど高温になる。

まず地球内部の温度分布をみてほしい(線A)。この図の下方向、すなわち地下深部へといくほど地中の温度は高くなる。これはわれわれのイメージと合っているだろう。つぎに線B。これは、地下深部のさまざまな条件を再現した実験から求められた基準の線であり、岩石が溶け始めるときの温度だ。ここではマントルの上部を構成するカンラン岩が溶け始める温度を示してある。この線Bよりも右側の温度と圧力(深さ)の条件になれば、岩石は溶け始め、マグマが形成されはじめる。地下深部ほど(圧力が大きいほど)、カンラン岩が溶け始めるには高い温度が必要となることがわかる。

ここまでを整理し、じっくりと図を見直すと、なんと線Aと線Bは接していないではないか。これでは地球にマグマが存在しないことになってしまう。やはりマントルは岩石なのだ。でも、いろんな映像で見かけるあの流れる真っ赤な溶岩はいったい何なのか。あれは、マグマが地上へ出ていったもののはずだ。

ここで深さ100kmにある点Oをみてほしい。やはりこの点は、線Bよりも左側なので、岩石は溶け始めていない。さて、この点Oの状態にあるカンラン岩はどうすれば溶け始めることができるだろう。

まず①のルートが考えられる。何かの原因で点Oの温度がもう数100℃高くなればよい。しかし、これは普通は起こりえない。

では②はどうか。これは、温度を保ちつつ浅いところへ移動することを意味する。やがて、線Bを横切るではないか。岩石が溶け始める。すなわち、マントルが高温を保ったまま上昇し、深さ約50kmよりも浅いところまで運ばれると基準の線を横切り、溶け始めることになる。鉄の溶鉱炉のように熱して溶かすのではなく、ただ浅いところに運ばれるだけで溶けてしまのだ。ちょっと不思議な感覚かもしれない。この作用で作られたマグマが噴出しているのが、ハワイなどのホットスポットの火山、そして海嶺などプレートの拡大境界に並ぶ火山である。

もしかしたら、つぎの話はもっと不思議に思うかもしれない。先ほど紹介した線Bであるが、これは水のない状態でのカンラン岩の「溶ける」「溶けない」の境界である。じつは水が存在するとき、この境界は大きく低温側に変化してしまう。それが線Cだ。深さ100kmで比較すると、水がないときは約1,600℃でやっと溶け始めることができたのに、水が加わると1,000℃で溶けてしまう。600℃も違うのだ。

このように、水がないとき、水があるときで、岩石が溶けはじめる基準自体が変わってしまうのだ。擬人化してみるが、点Oにしてみれば、びっくり仰天だろう。本人は何もしていないし、また何も変わってないのだ。ただ第三者がそのへんに水を撒いてしまっただけで、自分が線Cの右側の存在になってしまう、つまり溶け始めてしまうのだ。この「そのへんに水を撒く」役割を果たしているのが、今回本文中で扱ったプレートの沈み込みである。

日本列島に分布する火山は、最後に説明した、マントル中に水が加わり岩石の「溶ける」「溶けない」の基準が変わったことで形成されたマグマが元となっている。




fig. A──地球の温度分布とカンラン岩の溶け始める温度。
中島淳一『日本列島の下では何が起きているのか』(講談社ブルーバックス、2018)295頁の図8.2を一部修正。






★1──表記は、鴨長明『方丈記(全)』(武田友宏編、角川ソフィア文庫、2007)による。
★2──原子番号が等しいのに質量数が異なる原子を同位体と呼ぶ。放射性壊変をしないものは「安定」ということで、安定同位体という。
★3──D216O、1HD 18O、D2 18Oの組み合わせも考えられるが、天然では少なすぎるので、ここでは考えないこととする。
★4──Craig, H. (1961). Isotopic variations in meteoric waters, Science, 133(3465), 1702-1703.
★5──この天水線は、当初、δD=8δ18O+10と近似されたが、のちに研究が進み、場所によってY切片の値が若干異なることが明らかになった。なおこの図で、直線から外れる破線内の点は、蒸発が激しい盆地内の試料で、特殊な水である。ちなみに、なぜこの傾きと切片をもつのか、という点は、現時点においてもきちんと説明はされていない。
★6──萩原恭男+杉田美登『おくのほそ道の旅』(岩波ジュニア新書、2002)243頁
★7──市川孝一「入浴の生活学──日本人の入浴行動と入浴文化」(『生活科学研究』10、 1988、41〜48頁)
★8──太田猛彦『森林飽和──国土の変貌を考える』 (NHKブックス、2012) 254頁 ★9──『鏡の日本列島4』のfig.13を参照のこと。 ★10──熱水変質というのは聴き慣れない言葉と思うが、要はちょうどfig.2と同様なことが海嶺でも起きているということだ。ただ、fig.2と違うのは、岩に染み込んでいくのが雨水ではなく海水であること。岩石の割れ目から冷たい海水が入り込み、海嶺軸の下に分布するマグマ溜まりの周りで温められる。このとき、ただ海水の温度が上昇するだけでなく、岩石と化学反応(熱水変質)するのだ。それにより、岩石から溶け出したさまざまなイオンを溶かし込む、また一部のイオンは逆に海水から取り除かれる。そしてまったく異なる組成になって海中へ放出される[fig. 5-A]。この一連の反応の過程で、海水を作っていた水(H2O)そのものも、一部、水酸基として鉱物中に取り込まれる。
★11──堆積物中に取り込まれた海水も、周りの堆積物と化学反応し、徐々にその組成を変えていく。そのような水を間隙水と呼ぶ。
★12──上部マントルを構成するカンラン岩と水が反応して、水酸基を含む蛇紋岩が生成される反応で、蛇紋岩化作用と呼ばれる。
★13──中大兄皇子の父。石川理夫『温泉の日本史──記紀の古湯、武将の隠し湯、温泉番付』(中公新書、2018)によると、舒明天皇は有馬温泉に3カ月間の滞在を2度行っている。
★14──同上、248頁
★15──本連載『鏡の日本列島2』で扱った「削られてもなぜ陸は存在し続けられるのか?」の解のひとつである。
★16──厳密に言えば、マグマ溜まりが冷却する過程でも水が吐き出され、これも温泉水の一部となっている場合がある。一般に安山岩水と呼ばれ、やはり水の酸素―水素同位体組成により、天水からは区別できる。なお、fig.4には安山岩水の酸素―水素同位体組成も示されているが、有馬温泉の端成分と似た値をとることがわかる。
★17──浅野裕一『孫子』(講談社学術文庫、1997)316頁



伊藤孝(いとう・たかし)
地質学、鉱床学、地学教育。茨城大学教育学部教授。NHK高校講座「地学」講師(2005〜12)。主な共著=『地球全史スーパー年表』(岩波書店、2014)、『海底マンガン鉱床の地球科学』(東大出版会、2015)など。主な論文=「自然災害に対する危機意識と実際の行動──フィリピン・ヴィサヤ地域の場合」(単著、2017)、「青森県深浦地域の新第三系マンガン鉱床から産出した放散虫化石とその意義」(共著、2019)など。



【Issue vol.1】
鏡の日本列島 1:「真新しい日本列島」の使い方を考えるために/Mirrored Japan 01: Towards the Development of “Mirrored Japan”/镜中的日本列岛 1:思考“全新的日本列岛”之使用方法


【Issue vol.2】
鏡の日本列島 2:日本列島のかたち──なぜそこに陸地があるのか/Mirrored Japan 02: The Shape of the Japanese Archipelago -- How nature shaped its current form/鏡中的日本列島-2:日本列島的形狀──為何那裡會有陸地?


【Issue vol.3】
鏡の日本列島 3:鉄なき列島/Mirrored Japan 03: Archipelago without Iron/镜中的日本列岛-3:无铁之岛


【Issue vol.4】
鏡の日本列島4:芭蕉と歩く「改造」後の日本列島/Mirrored Japan: The “remodeling” of the Japanese archipelago and its expression in the works of Basho/镜中的日本列岛-4:与松尾芭蕉同游“改造”之后的日本列岛


鏡の日本列島5:「お国柄」を決めるもうひとつの水
Mirrored Japan 05: Water from deep determined the characteristics of the Japanese archipelago
/镜中的日本列岛5:决定列岛特征的深层之水
伊藤孝/Takashi Ito

協賛/SUPPORT サントリー文化財団(2020年度)、一般財団法人窓研究所 WINDOW RESEARCH INSTITUTE(2019〜2021年度)、公益財団法人ユニオン造形財団(2022年度〜)