第6号
特集:
戦時下の生環境──クリティカルな生存の場所 Wartime Habitat: A Critical Place of Survival 战时生环境──临界性的生存场所
文献紹介[1]生環境としての戦場
HBH同人【唐澤靖彦(ゲスト・エディタ)、藤原辰史、青井哲人、日埜直彦】
Bibliography [1] Books on Battlefield as HabitatHBH editors【Yasuhiko Karasawa (Guest editor), Tatsushi Fujihara, Akihito Aoi and Naohiko Hino】
文獻介紹[1]戰場中的生環境
[2023.6.10 UPDATE]
ジョン・キーガン
軍事史の古典。天才的兵術による会戦の推移ではなく、一般士卒の戦場体験に焦点を当てたのが斬新だった。軍隊の社会的インパクトを対象にしてきた「戦争と社会」研究に、実際の戦争の研究を結びつけ、西洋圏における1980年代以降の「新しい軍事史」──社会史的な関心や、グローバルな枠組みの文脈で軍事史を考察する潮流──の先鞭となった。
(唐澤靖彦)
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
本書は、1941年6月22日から始まる独ソ戦で、実際に戦闘や治療や看護にあたったソ連軍の女性たちの聞き書きである。ソ連では女性兵も動員されており、女性がどのように戦争を経験したのかを理解するうえできわめて貴重である。初めて敵を撃つ気持ちになるまでのプロセス、瀕死の兵士との会話、男物の下着をつけなければならない恥ずかしさ、上官との恋愛など生々しい言葉の背後に、著者がどれほどの信頼を話し手と築いてきたのか想像したい。
(藤原辰史)
橋本伸也編
およそ国際的に展開される歴史と記憶の政治化の圧力から自由な歴史博物館は存在しない。とりわけ、ナチズムとスターリニズムによる二重の犠牲の記憶を抱えるバルト三国や、ポーランド、ハンガリーなどの中東欧諸国では歴史認識をめぐる抗争は多様かつ苛烈で、犠牲よりも加害の歴史を意図的に過小評価して展示する博物館も少なくない。他方で、隣国との粘り強い対話を試みた歴史家たちの努力も存在する。本書は、解決が著しく困難な中東欧の歴史認識をめぐる紛争の詳細を網羅した有益な書物である。
(藤原辰史)
Michael Szonyi,
明清史研究のマイケル・スゾーニが、第二次世界大戦後のいわゆる「冷戦」下の金門島社会と島民の日常生活に民族誌的な方法で迫る。戦闘村と地下金門、戦闘の経済学、女性の生活、動員された歪な近代性、記憶と政治など。「軍事」へのスゾーニのユニークな視線が可視化した諸現象はおそらく世界各地の戦後社会を理解するための鏡ともなるだろう。
(青井哲人)
石原昌家
著者の石原昌家(社会学)は1970年の国際大学(後の沖縄国際大学)着任と同時に沖縄県史の沖縄戦編の執筆に参加し、これを契機に石原ゼミとして沖縄戦の「記録」運動を展開した。本書はその成果のひとつ。糸数アブチラガマ等での彼らの実践は、沖縄戦の経験・記憶が戦後民衆の日常的な社会関係や語り/沈黙をいかに深いレベルで変えてしまうものであるかを分厚い事実の積み上げによって証している。
(青井哲人)
Pierre Bélanger & Alexander Arroyo,
おおむね湾岸戦争以後のアメリカ軍が、戦争遂行のために行なった環境整備の実態を包括的に捉えたもの。まずあらゆる資材とエネルギーを調達するロジスティクスのシステムがある。自爆テロを含む脅威から陣地と交通経路を守るバリケード構築がある。兵士が米国本土と同様の食事ができるよう整備されたフードチェーンがある。無人で戦場を俯瞰し情報収集を行うドローンのネットワークがある。それらの全体をワシントンの中枢部が統括している。こうして組み立てられた戦争のエコロジーを維持する高度なシステム、そのあきれるばかりの途方もなさを一望させてくれる。
(日埜直彦)
唐澤靖彦(からさわ・やすひこ)
1966 年生まれ。軍事史。立命館大学文学部国際文化学域教授。1994年Ph. D. Candidate (History, University of California, Los Angeles)、1990年東京大学大学院人文科学研究科中国哲学専攻修士課程修了。主な論文=「草創期陸軍士官学校の学科教育」(『軍事史学』57-2、2021)、「世界の軍事技術史からみた大阪湾の台場」(『幕末の大阪湾と台場──海防に沸き立つ列島社会』戎光祥出版、2018)など。
藤原辰史(ふじはら・たつし)
1976年生まれ。食と農の現代史。京都大学人文科学研究所准教授。著書=『ナチスのキッチン──「食べること」の環境史』(水声社、2012)、『トラクターの世界史──人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』(中央公論新社、2017)、『戦争と農業』(集英社インターナショナル、2017)、『給食の歴史』(岩波新書、2018)、『分解の哲学──腐敗と発酵をめぐる思考』(青土社、2019)など。編著=『第一次世界大戦を考える』(共和国、2016)など。共訳書=フランク・ユーケッター『ドイツ環境史 エコロジー時代への途上で』(昭和堂、2014)など。
青井哲人(あおい・あきひと)
1970年生まれ。建築史・建築論。明治大学教授。著書=『彰化一九〇六年──市区改正が都市を動かす』(アセテート、2007)、『植民地神社と帝国日本』(吉川弘文館、2005)。共著=『津波のあいだ、生きられた村』(鹿島出版会、2019)、共編著『福島アトラス』(NPO法人福島住まい・まちづくりネットワーク、2017〜)ほか。
日埜直彦(ひの・なおひこ)
1971年生まれ。建築家。日埜建築設計事務所主宰。芝浦工業大学非常勤講師。作品=《ギャラリー小柳ビューイングルーム》、《F.I.L.》、《ヨコハマトリエンナーレ2014会場構成》など。共著=『白熱講義──これからの日本に都市計画は必要ですか』(学芸出版社、2014)、『磯崎新インタヴューズ』(LIXIL出版、2014)、『Real Urbanism』(Architectura & Natura、2018)ほか。国際巡回展「Struggling Cities」企画監修。
ジョン・キーガン
『戦場の素顔──アジャンクール、ワーテルロー、ソンム川の戦い』
(高橋均訳、中央公論新社、2018/原著=1976)
軍事史の古典。天才的兵術による会戦の推移ではなく、一般士卒の戦場体験に焦点を当てたのが斬新だった。軍隊の社会的インパクトを対象にしてきた「戦争と社会」研究に、実際の戦争の研究を結びつけ、西洋圏における1980年代以降の「新しい軍事史」──社会史的な関心や、グローバルな枠組みの文脈で軍事史を考察する潮流──の先鞭となった。
(唐澤靖彦)
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
『戦争は女たちの顔をしていない』
(三浦みどり訳、岩波現代文庫、2016/原著=1984)
本書は、1941年6月22日から始まる独ソ戦で、実際に戦闘や治療や看護にあたったソ連軍の女性たちの聞き書きである。ソ連では女性兵も動員されており、女性がどのように戦争を経験したのかを理解するうえできわめて貴重である。初めて敵を撃つ気持ちになるまでのプロセス、瀕死の兵士との会話、男物の下着をつけなければならない恥ずかしさ、上官との恋愛など生々しい言葉の背後に、著者がどれほどの信頼を話し手と築いてきたのか想像したい。
(藤原辰史)
橋本伸也編
『せめぎあう中東欧・ロシアの歴史認識問題──ナチズムと社会主義の過去をめぐる葛藤』
(ミネルヴァ書房、2017)
およそ国際的に展開される歴史と記憶の政治化の圧力から自由な歴史博物館は存在しない。とりわけ、ナチズムとスターリニズムによる二重の犠牲の記憶を抱えるバルト三国や、ポーランド、ハンガリーなどの中東欧諸国では歴史認識をめぐる抗争は多様かつ苛烈で、犠牲よりも加害の歴史を意図的に過小評価して展示する博物館も少なくない。他方で、隣国との粘り強い対話を試みた歴史家たちの努力も存在する。本書は、解決が著しく困難な中東欧の歴史認識をめぐる紛争の詳細を網羅した有益な書物である。
(藤原辰史)
Michael Szonyi,
Cold War Island: Quemoy on the Front Line,
Cambridge University Press, 2008.
明清史研究のマイケル・スゾーニが、第二次世界大戦後のいわゆる「冷戦」下の金門島社会と島民の日常生活に民族誌的な方法で迫る。戦闘村と地下金門、戦闘の経済学、女性の生活、動員された歪な近代性、記憶と政治など。「軍事」へのスゾーニのユニークな視線が可視化した諸現象はおそらく世界各地の戦後社会を理解するための鏡ともなるだろう。
(青井哲人)
石原昌家
『虐殺の島──皇軍と臣民の末路』
(ルポルタージュ叢書7、晩聲社、1978)
著者の石原昌家(社会学)は1970年の国際大学(後の沖縄国際大学)着任と同時に沖縄県史の沖縄戦編の執筆に参加し、これを契機に石原ゼミとして沖縄戦の「記録」運動を展開した。本書はその成果のひとつ。糸数アブチラガマ等での彼らの実践は、沖縄戦の経験・記憶が戦後民衆の日常的な社会関係や語り/沈黙をいかに深いレベルで変えてしまうものであるかを分厚い事実の積み上げによって証している。
(青井哲人)
Pierre Bélanger & Alexander Arroyo,
Ecologies of Power,
MIT Press, 2016.
おおむね湾岸戦争以後のアメリカ軍が、戦争遂行のために行なった環境整備の実態を包括的に捉えたもの。まずあらゆる資材とエネルギーを調達するロジスティクスのシステムがある。自爆テロを含む脅威から陣地と交通経路を守るバリケード構築がある。兵士が米国本土と同様の食事ができるよう整備されたフードチェーンがある。無人で戦場を俯瞰し情報収集を行うドローンのネットワークがある。それらの全体をワシントンの中枢部が統括している。こうして組み立てられた戦争のエコロジーを維持する高度なシステム、そのあきれるばかりの途方もなさを一望させてくれる。
(日埜直彦)
唐澤靖彦(からさわ・やすひこ)
1966 年生まれ。軍事史。立命館大学文学部国際文化学域教授。1994年Ph. D. Candidate (History, University of California, Los Angeles)、1990年東京大学大学院人文科学研究科中国哲学専攻修士課程修了。主な論文=「草創期陸軍士官学校の学科教育」(『軍事史学』57-2、2021)、「世界の軍事技術史からみた大阪湾の台場」(『幕末の大阪湾と台場──海防に沸き立つ列島社会』戎光祥出版、2018)など。
藤原辰史(ふじはら・たつし)
1976年生まれ。食と農の現代史。京都大学人文科学研究所准教授。著書=『ナチスのキッチン──「食べること」の環境史』(水声社、2012)、『トラクターの世界史──人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』(中央公論新社、2017)、『戦争と農業』(集英社インターナショナル、2017)、『給食の歴史』(岩波新書、2018)、『分解の哲学──腐敗と発酵をめぐる思考』(青土社、2019)など。編著=『第一次世界大戦を考える』(共和国、2016)など。共訳書=フランク・ユーケッター『ドイツ環境史 エコロジー時代への途上で』(昭和堂、2014)など。
青井哲人(あおい・あきひと)
1970年生まれ。建築史・建築論。明治大学教授。著書=『彰化一九〇六年──市区改正が都市を動かす』(アセテート、2007)、『植民地神社と帝国日本』(吉川弘文館、2005)。共著=『津波のあいだ、生きられた村』(鹿島出版会、2019)、共編著『福島アトラス』(NPO法人福島住まい・まちづくりネットワーク、2017〜)ほか。
日埜直彦(ひの・なおひこ)
1971年生まれ。建築家。日埜建築設計事務所主宰。芝浦工業大学非常勤講師。作品=《ギャラリー小柳ビューイングルーム》、《F.I.L.》、《ヨコハマトリエンナーレ2014会場構成》など。共著=『白熱講義──これからの日本に都市計画は必要ですか』(学芸出版社、2014)、『磯崎新インタヴューズ』(LIXIL出版、2014)、『Real Urbanism』(Architectura & Natura、2018)ほか。国際巡回展「Struggling Cities」企画監修。
- 生環境を捉える軍事史の系譜
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The Bio-environment of the Battlefield from a Military Historical Perspective
/生環境視角下的軍事史譜系
唐澤靖彦/Yasuhiko Karasawa - 戦時下生環境ガイド[1]島──閉ざされた領域で継続する戦争
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Guide to the Wartime Environment [1] Island: Sustained Warfare in a Confined Territory
/戰时生環境導覽[1]島──在封闭地区持续的战争
青井哲人/Akihito Aoi - 戦時下生環境ガイド[2]穴──沖縄戦とガマ
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Guide to the Wartime Environment [2] Caves: The Battle of Okinawa and ‘Gama’(Karst)
/戰时生環境導覽[2]洞穴──沖繩島戰役和石灰岩洞穴
青井哲人/Akihito Aoi - 戦時下生環境ガイド[3]崖──ガリポリの崖、クルクキリセの高地
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Guide to the Wartime Environment [3] Cliffs of Gallipoli, Hills of Kirk-Kilise
/戰时生環境導覽[3]崖──加里波利的懸崖,克爾克拉雷利的高地
伊藤順二/Junju Ito - 戦時下生環境ガイド[4]平原──塹壕と平地、第一次世界大戦を中心に
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Guide to the Wartime Environment [4] Trenches and Plains: Focusing on World War I
/戰时生環境導覽[4]戰壕和平地──以第一次世界大戰為中心
藤原辰史/Tatsushi Fujuhara - 戦時下生環境ガイド[5]工場──封鎖による生存条件の損害
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Guide to the Wartime Environment [5] Factory: Damage to Survival Conditions Due to Blockade
/戰时生環境導覽[5]工廠──封鎖對生存條件的損害
藤原辰史/Tatsushi Fujuhara - 論点[1]インタビュー:戦争と性
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Issue [1] Interview: War and Gender
/論點[1]採訪──戰爭與性
奈倉有里/Yuri Nagura - 論点[2]原爆の遺品が語るもの──石内都『Fromひろしま』からの思考
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Issue [2] What A-Bomb Mementos Tell Us: Thoughts from Miyako Ishiuchi’s “From Hiroshima”
/論點[2]講述原子彈的遺物──由石內都的《From廣島》引發的思考
藤原辰史/Tatsushi Fujuhara - 論点[3]工兵論
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Issue [3] On Military Engineers
/論點[3]工兵論
唐澤靖彦/Yasuhiko Karasawa - 文献紹介[1]生環境としての戦場
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Bibliography [1] Books on Battlefield as Habitat
/文獻介紹[1]戰場中的生環境
HBH同人/HBH editors - 文献紹介[2]軍事をめぐる写真集・図集
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Bibliography [2] Photographic Collections and Illustrated Books
/文獻介紹[2]軍事寫真集・圖集
HBH同人/HBH editors - 文献紹介[3]戦跡のデザインあるいはキュレーション
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Bibliography [3] Design of Battlefield (Museum on Violence)
/文獻介紹[3]關於戰爭遺蹟的設計或策展
HBH同人/HBH editor
協賛/SUPPORT サントリー文化財団(2020年度)、一般財団法人窓研究所 WINDOW RESEARCH INSTITUTE(2019〜2021年度)、公益財団法人ユニオン造形財団(2022年度〜)