生環境構築史

第6号  特集:
戦時下の生環境──クリティカルな生存の場所 Wartime Habitat: A Critical Place of Survival 战时生环境──临界性的生存场所

文献紹介[2]軍事をめぐる写真集・図集

HBH同人【唐澤靖彦(ゲスト・エディタ)、藤原辰史、日埜直彦】

Bibliography [2] Photographic Collections and Illustrated BooksHBH editors【Yasuhiko Karasawa (Guest editor), Tatsushi Fujihara and Naohiko Hino】

文獻介紹[2]軍事寫真集・圖集

[2023.6.10 UPDATE]

Paul Virilio,
Bunker Archeology,
translated by George Collins, Princeton University Press, 1994.
フランス語原著=Bunker archéologie, 1975.



ナチスドイツが連合国軍の侵入を懼れ、フランスとスペインの国境からノルウェーまで海岸線に約1万5千のトーチカを並べた「大西洋の壁(アトランティックウォール)」。フランス内での面貌を活写した写真解説書である。思想家にして都市計画家として著名なポール・ヴィリリオの初期異色作(もとは彼が撮影した写真展覧会のパンフレット)、と捉えられがちな本書は、実は彼が後年に展開した思索の多くを、コンクリート廃墟群の異観への考察から先取りしている。近代都市の相貌からは異質な廃墟トーチカに、技術がもたらす速度によって朽ちていく近代の、非物質化していく戦争の未来を彼は見てとった。ただ、いかなる考察にも先んじて、岩と砂だらけの不毛地に打ち捨てられたコンクリート構築物が呈する詩的異観に、ヴィリリオの魂は深く捉えられてしまった、のではないだろうか。
(唐澤靖彦)

Jeremy Black,
Maps of War: Mapping Conflict through the Centuries,
Conway, 2016.



多作で知られる著名な軍事史家は地図製作史の専家でもある。主に16世紀の古地図から現代の衛星利用に至る陸戦の地図を世紀ごとに数多く掲載しながら、戦いの地図製作の変遷を解説する。測量技術の発展とともに地図は精細になっていくが、単に含まれる情報だけでなく、戦いへの眼差しの変化やプロパガンダ的特徴も伺えるのが興味深い。著者には海戦の地図集もある。
(唐澤靖彦)

Jay Winter and B. Baggett,
1914-18: Great War and the Shaping of the 20th Century,
BBC Books, 1996.



本書は、第一次世界大戦の経過を、戦場の兵士と銃後の市民の双方の視点から描いた図説である。毒ガスや戦車など新しい兵器が登場した戦争が、実際にどれほどの損害を兵士に与えたのかについて、開戦当初の各国の高揚感を表す写真だけでなく、目を背けたくなるような犠牲者の写真も多く、この戦争の概観を人々の目線から理解するのに有用な書物である。
(藤原辰史)

石内都
『From ひろしま』
(求龍堂、2014)


本書は、横須賀、自分の母親、フリーダ・カーロの遺品などの作品で、世界で非常に高い評価を得ている石内都の代表的写真集である。広島の原爆で亡くなった人々の遺品が、今でも広島平和記念資料館に届けられている。洋服、セーラー服、弁当箱、眼鏡などを慈しむように撮影し、その持ち主の被害当時の苦しみのみならず、それまで続いていた日常のささやかな営みを克明に受け手に提示する。
(藤原辰史)

Guido Beltramini,
Andrea Palladio and the Architecture of Battle,
Marsilio Editori, 2010



ルネサンスの建築家、アンドレア・パラディオはその晩年に戦場の陣形を描く一連の図版を作成していた。直接的にはポエニ戦争についてのポリビウスの著作、ローマ内乱についてのカエサルの著作の挿絵だが、当時のヴェネツィアの軍事組織のあるべき姿の参考とすることが目されていた。ここでパラディオは、戦役の軍事的なリアリティを考慮しつつ、そこに人間の集合体としての軍隊を秩序づける理想的形式を重ね合わせている。戦争が単に国家間の争いである以上に、神の意思を実現する代理行為とも考えられていた、そういう時代を反映した力と形の問題が窺える。
(日埜直彦)

早乙女勝元
『決定版 東京空襲写真集』
(勉誠出版、2015)



東京大空襲の記録を収集・展示する「東京都平和祈念館」の計画は、石原都政下の1999年に建設計画が凍結された。自身が空襲経験者だった早乙女は、建設運動の中心的役割を果たしつつ、数多の著作を通じてその記録を公に残すことに尽力した。本書はそのなかでも実現しなかった「祈念館」を、紙の上で実現したものといえるだろう。ほかの書籍でまとめられた証言録も貴重だが、本書の写真群は質量共に圧倒的だ。計画の凍結とそのことによる戦災記録の封印の、名目上の理由は財政的問題だったが、そこに国際的・国内的な政治的意図が作用していることは間違いない。
(日埜直彦)






唐澤靖彦(からさわ・やすひこ)
1966 年生まれ。軍事史。立命館大学文学部国際文化学域教授。1994年Ph. D. Candidate (History, University of California, Los Angeles)、1990年東京大学大学院人文科学研究科中国哲学専攻修士課程修了。主な論文=「草創期陸軍士官学校の学科教育」(『軍事史学』57-2、2021)、「世界の軍事技術史からみた大阪湾の台場」(『幕末の大阪湾と台場──海防に沸き立つ列島社会』戎光祥出版、2018)など。

藤原辰史(ふじはら・たつし)
1976年生まれ。食と農の現代史。京都大学人文科学研究所准教授。著書=『ナチスのキッチン──「食べること」の環境史』(水声社、2012)、『トラクターの世界史──人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』(中央公論新社、2017)、『戦争と農業』(集英社インターナショナル、2017)、『給食の歴史』(岩波新書、2018)、『分解の哲学──腐敗と発酵をめぐる思考』(青土社、2019)など。編著=『第一次世界大戦を考える』(共和国、2016)など。共訳書=フランク・ユーケッター『ドイツ環境史 エコロジー時代への途上で』(昭和堂、2014)など。

日埜直彦(ひの・なおひこ)
1971年生まれ。建築家。日埜建築設計事務所主宰。芝浦工業大学非常勤講師。作品=《ギャラリー小柳ビューイングルーム》、《F.I.L.》、《ヨコハマトリエンナーレ2014会場構成》など。共著=『白熱講義──これからの日本に都市計画は必要ですか』(学芸出版社、2014)、『磯崎新インタヴューズ』(LIXIL出版、2014)、『Real Urbanism』(Architectura & Natura、2018)ほか。国際巡回展「Struggling Cities」企画監修。

生環境を捉える軍事史の系譜
The Bio-environment of the Battlefield from a Military Historical Perspective
/生環境視角下的軍事史譜系
唐澤靖彦/Yasuhiko Karasawa
戦時下生環境ガイド[1]島──閉ざされた領域で継続する戦争
Guide to the Wartime Environment [1] Island: Sustained Warfare in a Confined Territory
/戰时生環境導覽[1]島──在封闭地区持续的战争
青井哲人/Akihito Aoi
戦時下生環境ガイド[2]穴──沖縄戦とガマ
Guide to the Wartime Environment [2] Caves: The Battle of Okinawa and ‘Gama’(Karst)
/戰时生環境導覽[2]洞穴──沖繩島戰役和石灰岩洞穴
青井哲人/Akihito Aoi
戦時下生環境ガイド[3]崖──ガリポリの崖、クルクキリセの高地
Guide to the Wartime Environment [3] Cliffs of Gallipoli, Hills of Kirk-Kilise
/戰时生環境導覽[3]崖──加里波利的懸崖,克爾克拉雷利的高地
伊藤順二/Junju Ito
戦時下生環境ガイド[4]平原──塹壕と平地、第一次世界大戦を中心に
Guide to the Wartime Environment [4] Trenches and Plains: Focusing on World War I
/戰时生環境導覽[4]戰壕和平地──以第一次世界大戰為中心
藤原辰史/Tatsushi Fujuhara
戦時下生環境ガイド[5]工場──封鎖による生存条件の損害
Guide to the Wartime Environment [5] Factory: Damage to Survival Conditions Due to Blockade
/戰时生環境導覽[5]工廠──封鎖對生存條件的損害
藤原辰史/Tatsushi Fujuhara
論点[1]インタビュー:戦争と性
Issue [1] Interview: War and Gender
/論點[1]採訪──戰爭與性
奈倉有里/Yuri Nagura
論点[2]原爆の遺品が語るもの──石内都『Fromひろしま』からの思考
Issue [2] What A-Bomb Mementos Tell Us: Thoughts from Miyako Ishiuchi’s “From Hiroshima”
/論點[2]講述原子彈的遺物──由石內都的《From廣島》引發的思考
藤原辰史/Tatsushi Fujuhara
論点[3]工兵論
Issue [3] On Military Engineers
/論點[3]工兵論
唐澤靖彦/Yasuhiko Karasawa
文献紹介[1]生環境としての戦場
Bibliography [1] Books on Battlefield as Habitat
/文獻介紹[1]戰場中的生環境
HBH同人/HBH editors
文献紹介[2]軍事をめぐる写真集・図集
Bibliography [2] Photographic Collections and Illustrated Books
/文獻介紹[2]軍事寫真集・圖集
HBH同人/HBH editors
文献紹介[3]戦跡のデザインあるいはキュレーション
Bibliography [3] Design of Battlefield (Museum on Violence)
/文獻介紹[3]關於戰爭遺蹟的設計或策展
HBH同人/HBH editor

協賛/SUPPORT サントリー文化財団(2020年度)、一般財団法人窓研究所 WINDOW RESEARCH INSTITUTE(2019〜2021年度)、公益財団法人ユニオン造形財団(2022年度〜)