連載
鏡の日本列島9-1:賢治と石灰岩(前編)
伊藤孝【HBH同人】
Mirrored Japan 9-1: Kenji Miyazawa and Limestone (Part I)Takashi Ito【HBH editor】
镜中的日本列岛-9-1:没有石灰,就没有生命:賢治与石灰石(第一部分)
Kenji Miyazawa, the poet and writer of childrenʼs stories who was active from the Taishō period through the early Shōwa period, devoted his later years to the sale of agricultural fertilizer made from powdered limestone. In this paper, I would like to consider the geology of limestone, focusing in particular on the characteristics of limestone distributed across the Japanese archipelago.
Japan is generally regarded as a country poor in natural resources. Yet, although the nation relies heavily on imports for many mineral and energy resources, limestone alone has a domestic self-sufficiency rate of 100percent. Why is this the case?
Much of the Japanese archipelago is composed of accretionary complexes, and most of the limestone found in Japan is contained within these complexes. Calcareous reefs formed on oceanic islands or seamounts were transported by plate motion and accreted onto the convergent margin; as a result, fragments of these reefs now crop out in scattered locations throughout Japan.
By contrast, most of the worldʼs major limestone deposits were formed through orderly and extensive sedimentation on ancient continental shelves or submerged continental regions, giving them very broad areal distributions. The limestone of Japan, however, consists of fragments incorporated into accretionary complexes, resulting in small, isolated occurrences. Nevertheless, because these limestones originated as reefs that formed in open-ocean environments, they contain little to no clastic sand or mud, giving them exceptionally high purity and making them excellent limestone ore.
Finally, let us return to the limestone that Kenji Miyazawa sold. The material he handled came from limestone distributed in his home prefecture of Iwate. This limestone is not the typical accretionary-complex limestone found widely throughout the Japanese archipelago; its origin is of a different type, which I intend to discuss in the second part of this study.
[2026.2.28 UPDATE]
はじめに──賢治が農家に生まれていたら
後世のわれわれは、宮沢賢治が農家の長男ではなく、裕福な質屋・古着屋の子として生まれたことを心から喜ぶべきであろう。彼が生まれた明治の中頃、岩手県では多くの世帯は農家であった。 賢治と同世代の農家の息子・娘らは、重要な労働の担い手である。田植え・稲刈りの農繁期だけではない。牛や馬の世話、桑の葉集め、薪割り、風呂焚き、炊事、弟・妹の世話などなど、仕事は一年中無数に存在した。年齢に応じて役割は変わっていくが、一軒の農家の一員として欠かすことができない仕事を担っていたわけだ。 昭和40年代初頭になってすら、私のいとこの一人(まさに農家の長男だ)は、部活でテニスコートを飛び回っているとき、おじいさんが牛を一頭連れてきて、「にさっ、なぬ遊んでんの。ベゴの世話すろ!(おまえ、なに遊んでいるの。牛の世話をしろ!)」と怒鳴られたらしい。テニスコートと牛、という絵面はなかなか興味深いけれど、友達の手前、どれほど恥ずかしかったことか。これくらい、農家の息子・娘たちが家の仕事を手伝うことは疑いようもない自明のことだったのだ。ちなみにこのおじいさん、賢治より2つ年下の明治31年の生まれであるが、幸いにも健康に恵まれ「おじいさん」にまでなった。 他方、賢治は農家の息子ではなかった。彼は岩手のなかでも商業町花巻で生を受けた[fig.1]。街中の裕福な質屋・古着屋の長男であり、父政次郎も度量の大きな人であったから、のびのびとした子ども時代を送ることができた。もちろん農作業も義務ではない。晩のおかずとして魚を捕まえたり、しじみを採ってくることも期待されていなかった。彼は土や石と接し、動物・植物と相まみえることを好んだが、すべて彼自身の興味関心からであり、強制されたものではない[fig.2]。
fig.1──現在の花巻市と賢治ゆかりの地(Google Earthより引用・修正)
この写真では、北上川の水位は高くイギリス海岸の地層は水没してしまっている。対岸の台地には真っ黒な土壌(黒ボク土)の田んぼが見える。はじめこれを見たとき不覚にも早合点し、「イギリス海岸の対岸がソーラーパネルで覆われた!」と声を発してしまった。それほど黒ボク土は黒い。賢治はこれら黒ボク土からなる土壌を改良するため石灰岩粉末の活用を考えた。

fig.2──幼い賢治が遊びまくった豊沢川。遠くに奥羽山脈の山々が見える(筆者撮影)
門井慶喜『銀河鉄道の父』で描かれなかったこと
門井慶喜の『銀河鉄道の父』★1はとても面白い。書名も素敵で、要するに賢治の父宮沢政次郎の立場からみた宮沢家・賢治のはなしだ。正直いうと、この本を読むまで賢治とその作品群には苦手な部分もあった。気分転換・娯楽として読書をする際、選択肢から外れてしまうことが多かった。痛々しいほどのまっすぐさ・実直さが気になってしまったのかもしれない。しかし、門井作品との出会いにより、一気に賢治との距離が縮まった。巻末に収められた内藤麻里子による「解説」に基づけば、門井は『宮沢賢治全集』の年譜も丹念に追い執筆したらしい。小説であるから、もちろんフィクションであるが、基本的には史実に沿っている。 その『銀河鉄道の父』で門井が触れなかったことがある。堀尾青史『年譜 宮沢賢治伝』★2の分類でいえば、賢治の最晩年「東北砕石工場時代」、すなわち「サラリーマン」賢治★3についてである。門井の小説では「羅須地人協会時代」のまま病没してしまっている。 最晩年の東北砕石工場時代の賢治、たしかに、端からみると彼の意図を理解しにくい。後世のわれわれは、童話・詩の作者として賢治を認識している。また、伝記や彼の作品を読み、賢治の性格や気質、一生の流れを理解したつもりになっている。そんなわれわれの理解に基づくと、東北砕石工場時代には、もっとも向いていないと思われる職種にあえて挑戦している印象がある。「賢治が飛び込み営業って、なんでまた?」という感じだ。 この「飛び込み営業」時代に、賢治が文字通り命を削って売り歩いていたものはなんであろう。「化学肥料」と表現されている書籍も多数あるが、基本的には石灰岩の粉末である。賢治といえば「石っこ賢さん」のあだ名通り、『宮沢賢治の元素図鑑──作品を彩る元素と鉱物』★4、『賢治と鉱物』★5という書籍が成り立つほど、結晶面が明瞭で、きれいな鉱物群を思い浮かべてしまうが、死の間際にもっとも注力していたのは灰色の石灰岩なのだ。 これから、賢治が童話や詩を書く手を止めてまで心血を注いだ石灰岩についてみていくが、「急がば回れ」を採用した。前編では石灰岩の定義・特徴と日本列島に分布する一般的な石灰岩について。後編では、世界の石灰岩を紹介したのちに、やっと「賢治の石灰岩」のはなしになる。石灰岩の地質学の基礎をすでに習得している、賢治マニアで賢治関連以外にはまったく興味がない、まず結論を知りたいという方は、後編の中盤「賢治にとっての石灰岩」に飛んでいただいてもかまわない。石灰岩とは?
世の中の大多数の人々にとって、石はただの石だろう。それはよく理解しているつもりだ。以前、私もお酒の席で何を研究しているか聞かれ、(いやな予感もしたので)不承不承、地質学である旨を伝えたら、途端、目を丸くして「えっ、だって石だよね、石!?」と絶句されたことがある。石が研究の対象となるということは、非常にイメージしにくいことなのかもしれない。 しかし、もちろん石は奥深く、さまざまな観点から研究が可能である。ここでは化学的な組成について考えてみる。「石だよね、石!?」と切り捨てず、fig.3を見てほしい。
fig.3──地球を作る代表的な3つの岩石と石灰岩の化学組成
ここではカンラン岩、ゲンブ岩、カコウ岩、石灰岩として、それぞれ産総研の岩石標準試料であるJP-1、JB-1、JG-1、JLs-1で代表させ、同研究所の推奨値を参照した(産総研地球化学標準物質岩石標準試料データベース:https://gbank.gsj.jp/geostandards/welcomej.html)。

石灰岩の輸入元は?
以前、授業中に取り組むワークシートにこんな問題を紛れ込ませたことがある。 問:中学校の社会、高校の地理の時間などで、おもな地下資源の輸入先について学びました。さて、石灰石はどこから輸入していたでしょうか。 石灰石は、石材としての石灰岩の呼び名であり、同じものと考えてよい。その日の授業では皆、AIに頼らず必死に自分で考え、さまざまな国名を挙げていた。しかし正解は「輸入しておらず、100%自給している」である。 中学校の社会科や高校の地理の時間に「日本は資源に乏しく……」の枕言葉からはじまって、さまざまな資源を輸入している対象国について学習した。石油、石炭、鉄鉱石、みな自分が習った教科書に載っていた輸入元の国々の順位をおぼろげながら記憶しているかもしれない。われわれは、地下資源は輸入するものと完全に刷り込まれている。 そして現在、まさに鉄筋コンクリートに囲まれて暮らしているわけであるが、コンクリートはもちろんのこと、鉄筋を生み出す製鉄の過程でも石灰岩は必要不可欠だ。コンクリートジャングルとも称される巨大都市を生み出せるほどの石灰岩。はたしてたいして広くもないこの日本列島のどこに分布しているのであろう。日本列島の石灰岩
fig.4に日本列島における石灰岩の分布を示す。無数の小さな点がみえるが、これが石灰岩が露出しているところだ。ある県すべてが石灰岩で覆われている、というわけではなく、一つひとつの分布がさほど広くない。これはのちに述べる世界各地の石灰岩の分布と大きく異なる点だ。また、点の散らばり方も完全なる無秩序という感じでもなく、連続性が確認できるところもある。とくに顕著なのが、四国を横断し、九州をけさがけに切っているように細く連なって分布している点だ。そしてこの繋がりを東に追うと、和歌山・奈良・三重、さらには愛知・静岡・長野と連続していることに気付く。
fig.4──日本列島の石灰岩。INAXライブミュージアム『日本の白い壁──石灰がつくり出す多様な世界』(LIXIL出版、2012)35頁より引用・修正。
大先輩博物学者──ダーウィン
今回の主役は賢治なのだが、どうしても彼が誕生する14年前に没しているダーウィンを登場させざるをえない。ダーウィンは後半生、ミミズと土壌の形成に関する研究に精魂を傾けたので、その意味で賢治とつながりがあるといえる。しかし、ここで紹介するのは、彼のキャリアにおける最初の研究といえるものだ。 鈴木紀之著『ダーウィン──「進化論の父」の大いなる遺産』★8を読んで、もっとも勇気づけられ安堵したのは、ダーウィンも人の子であることを知ったことだ。大学卒業後すぐに参加したビーグル号による世界一周航海の終盤、彼はちゃんとホームシックになり、かつどうにもやる気が出ない心持ちになっている。故郷を離れすでに4年も経過し、当然といえば当然かもしれない。しかし、そんな状態でも自暴自棄におちいらず、きちんと観察・記録をしているダーウィンはやはりすばらしい。 ダーウィンが参加したビーグル号航海自体の最大の目的は南アメリカ諸国沿岸の測量・海図作成である。それを無事終え、太平洋・インド洋を西へと横切りつつ、いくつかの海洋島を観察する機会に恵まれた。ダーウィンは大陸から遠く離れた外洋の島々とそこに発達するサンゴ礁を生まれてはじめて目の当たりにした。サンゴ礁の形態はいくつかの種類に分類できるようにみえる。現在それらは、裾礁、堡礁、環礁という名称がついている[fig.5]。自然認識の基本は分類、とすればそこまでは当然といえるだろう。
fig.5──サンゴ礁の分類と変遷(鈴木紀之『ダーウィン』より引用)
プレートの移動と付加する海山
火山島の沈降速度がサンゴの成長速度を超えてしまうと、やがてそれは死滅したサンゴ礁をたたえた海山となる。岩石の視点でいえば、石灰岩を冠した海山ともいえる。 現在の西太平洋地域はまさにそうだが、海山は珍しい存在ではない[fig.6]。それらのうち、サンゴ礁が生成されるような熱帯域で海面から顔を出していた海山の多くは、最終的には石灰岩を載せた海山となる。そして日光も届かない暗く冷たい海水のなかをプレートの移動に伴いゆっくりと移動していく。
fig.6──西太平洋に分布する無数の海山(Google Earthより引用)

fig.7──今まさに日本海溝に沈み込まんとしている第一鹿島海山(Google Mapより引用・修正)。
山頂部には石灰岩を載せている。海山としては特別に巨大なものではないが、富士山と比較するとその大きさが実感できる。

fig.8──付加体に取り込まれていく海山の様子(平、1990より引用・修正)

fig.9──日本列島における付加体の分布(産総研:20万分の1日本シームレス地質図により作図・引用)
秋吉台──付加した石灰岩の代表例
ここで付加体中の石灰岩岩体の代表例として山口県・秋吉台を見てみたい[figs.4, 10]。そこでは日本列島で最大、54km2にわたって石灰岩が露出している。広さが想像できないので例示すると、東京ディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンが100個分程度だ。これでやっと野外調査の大変さが想像できるようになる。

fig.10──山口県の秋芳台付近の地質と地形(地質図Naviより引用・修正)
上の地図で青色が石灰岩の分布域。下の赤色立体地図と対応させると、石灰岩分布域の地形がほかの場所と大きく異なることがわかる。

fig.11──秋吉台石灰岩の岩相層序と年代
(日本地質学会編集『日本地方地質誌6 中国地方』[朝倉書店、2009]より引用・修正)
前編のまとめ
前編では、日本列島には完全に自給できるほど豊富で、かつ高品位の石灰岩が分布している地球科学的な背景を述べた。鍵となったのは付加体である。 ここで改めてfig.4とfig.9を見比べてみよう。そうすると、賢治がその最晩年を捧げた石灰岩は付加体に位置していないことに気付く。彼が愛してやまなかった石灰岩は日本列島に分布する大部分の石灰岩と異なり、付加作用によって日本列島の一部となったわけではないようだ。賢治はここでも独自性を発揮している。 さて、賢治の石灰岩はどのようにして形成され、イーハトーブの地に鎮座しているのだろうか。後編ではその点を中心にまとめてみたい。 謝辞 岩手県立図書館サービス第2課(郷土資料)大森里美様、「石と賢治のミュージアム」館長菅原淳様には文献をご紹介いただくとともに、貴重な情報提供をしていただきました。記して感謝申し上げます。 註 ★1──門井慶喜『銀河鉄道の父』(講談社、2017)418頁 ★2──堀尾青史『年譜 宮沢賢治伝』(中央公論社、1991)471頁 ★3──佐藤竜一『宮澤賢治──あるサラリーマンの生と死』(集英社、2021)174頁 ★4──桜井弘+豊遥秋『宮沢賢治の元素図鑑──作品を彩る元素と鉱物』(化学同人、2018)160頁 ★5──加藤碵一+青木正博『賢治と鉱物──文系のための鉱物学入門』(工作舎、2011)272頁 ★6──藤岡換太郎『三つの石で地球がわかる』(講談社、2017)224頁 ★7──鈴木實『宮澤賢治と東山』(熊谷印刷出版部、1985)180頁 ★8──鈴木紀之『ダーウィン──「進化論の父」の大いなる遺産』(中央公論新社、2024)272頁 ★9──海溝II研究グループ編『写真集日本周辺の海溝──6000mの深海底への旅』(東京大学出版会、1987)106 頁 いとう・たかし 1964年宮城県生まれ。博士(理学)。地質学、鉱床学、地学教育。茨城大学教育学部教授。日本地学教育学会副会長。宮城県立古川高等学校卒業、山形大学理学部地球科学科卒業、筑波大学大学院地球科学研究科博士課程修了。NHK高校講座「地学」講師(2005~2012)。著書=『日本列島はすごい──水・森林・黄金を生んだ大地』(中公新書、2024)。主な共著書=『物質科学入門』(朝倉書店、2000)、『地球全史スーパー年表』(岩波書店、2014)、『海底マンガン鉱床の地球科学』(東京大学出版会、2015)、共編著=『変動帯の文化地質学』(京都大学学術出版会、2024)。 【Issue vol.1】 鏡の日本列島 1:「真新しい日本列島」の使い方を考えるために/Mirrored Japan 01: Towards the Development of “Mirrored Japan”/镜中的日本列岛 1:思考“全新的日本列岛”之使用方法 【Issue vol.2】 鏡の日本列島 2:日本列島のかたち──なぜそこに陸地があるのか/Mirrored Japan 02: The Shape of the Japanese Archipelago -- How nature shaped its current form/鏡中的日本列島-2:日本列島的形狀──為何那裡會有陸地? 【Issue vol.3】 鏡の日本列島 3:鉄なき列島/Mirrored Japan 03: Archipelago without Iron/镜中的日本列岛-3:无铁之岛 【Issue vol.4】 鏡の日本列島4:芭蕉と歩く「改造」後の日本列島/Mirrored Japan 04: The “remodeling” of the Japanese archipelago and its expression in the works of Basho/镜中的日本列岛-4:与松尾芭蕉同游“改造”之后的日本列岛 【Issue vol.5】 鏡の日本列島5:「お国柄」を決めるもうひとつの水/Mirrored Japan 05: Water from deep determined the characteristics of the Japanese archipelago/镜中的日本列岛-5:决定列岛特征的深层之水 【Issue vol.6】 鏡の日本列島6:列島の肥料(前編)/Mirrored Japan 06: Fertilizer of the Archipelago (Part 1)/镜中的日本列岛-6:列島的肥料(前篇) 【Issue vol.7】 鏡の日本列島6:列島の肥料(後編)/Mirrored Japan 07: Fertilizer of the Archipelago (Part 2)/镜中的日本列岛-7:列岛的肥料(后篇) 【Issue vol.8】 鏡の日本列島8:『最果てが見たい』──それぞれの富士/Mirrored Japan 08: “I want to see the very end”—Each Mt. Fuji/镜中的日本列岛-8:“我想看到最后”──每座富士山 【Issue vol.9-1】 鏡の日本列島9-1:賢治と石灰岩(前編)/Mirrored Japan 9-1: Kenji Miyazawa and Limestone (Part I)/镜中的日本列岛-9-1:賢治与石灰石(第一部分) 【Issue vol.9-2】 鏡の日本列島9-2:賢治と石灰岩(後編)/Mirrored Japan 9-2: Kenji Miyazawa and Limestone (Part II)/镜中的日本列岛-9-2:賢治与石灰石(第二部分)- 鏡の日本列島9-1:賢治と石灰岩(前編)
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/镜中的日本列岛-9-1:没有石灰,就没有生命:賢治与石灰石(第一部分)
伊藤孝/Takashi Ito - 鏡の日本列島9-2:賢治と石灰岩(後編)
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Mirrored Japan 9-2: Kenji Miyazawa and Limestone (Part II)
/ 镜中的日本列岛-9-2:没有石灰,就没有生命:賢治与石灰石(第二部分)
伊藤孝/Takashi Ito
協賛/SUPPORT サントリー文化財団(2020年度)、一般財団法人窓研究所 WINDOW RESEARCH INSTITUTE(2019〜2021年度)、公益財団法人ユニオン造形財団(2022年度〜)
石灰石鉱業協会(第9号)


